【第一話 ヴァイツ隊の価値】
□〇〇一
「聞いたよエリシア、野営地まで二日もかけて戻って来たんだってね」
「正確には三日。撤退の速さが聞いてたよりも早くて。ユーリが野営の後から退路を割り出してね。まったく、どこでそんな方法を覚えたんだか」
「ふふふ」
その話を聞いていた、武器庫管理担当の兵、シャーラが笑った。
「何がおかしいの? 大変だったんだから」
「だって、三日もユーリを二人きりだったんでしょう? ねね、何かあった?」
「なっ!」
シャーラはユーリと同期の軍学校生。シャーラはエリシアの幼馴染みであるエリシアのことを良く冷やかしている。
「な、なにかあるわけないじゃないっ。任務中よ。それに……あいつがそんなことするわけないでしょ」
「もうっ。エリシアが悪いんじゃないの? もっと積極的に行きなよ」
「何を言うの。そんなことできるわけないでしょ」
「できるよ、エリシアなら簡単に! その無駄に大きいおっぱい、有効活用しなさいよ」
「むっ、無駄って……! こ、これは赤ちゃんを育てるために必要なの!」
「その赤ちゃん、ユーリと作りたいんでしょ」
「なっ……!」
ずぼん、と音が聞こえそうな勢いでエリシアの顔が真っ赤に染まった。
「なななななな……!」
「ふふふ、もうお互いに気持ちは決まってるようなものなんだし。いいじゃない。それにいつ死ぬかわからないのよ、あたしたち人間は特に。エネスギア人たちと違ってね」
シャーラもエリシアたちと同じく人間。
軍学校では用兵において好成績を維持していたにもかかわらず、武器庫管理という彼女の特技をまったく無視したような仕事を与えられている。
これが、エネギアス人社会の人間だ。
だからシャーラは言う。
「やれる時に、やりたいことやりなよ」
「う、うん……そうね」
「ユーリも喜ぶよ、きっとね。はいこれ、注文通りの数を揃えたわ」
スッと、卓の上にシャーラが出したのはエリシアが申請を出した補充の弾丸一〇〇発が入った四つの小さい木箱だった。
「え、本当?」
普段ならば申請は却下され、一〇発程度の支給となるのが常だったので、エリシアは驚く。弾丸は貴重品だ。
「使い切っちゃったんでしょ。今回の殿(しんがり)で。そりゃ、二人で三〇〇の兵を倒したんだもの。弾もなくなっちゃうよね」
「そうだけど……どうしたの?」
「……今回の任務で多くの兵が死んだわ。作戦の失敗で、戦わずに死んだ人もたくさん。この弾は、ここに届けられた遺品よ。本来なら上に戻すんだけどね。無念でしょう。戦うために訓練したのに、無駄に死なされて」
ぎゅっと、シャーラが拳を握り込むのがエリシアには見えた。
「シャーラ……」
「その無念の弾丸。帳簿に入れないで取っておいたの。エリシアなら、無念の弾丸を敵に撃ち込んでくれると思って。エネギアス人たちが使いもしないのに持つ銃のために回されるなら、あなたに使って欲しいわ」
「……ありがとう。大事に使わせてもらうから」
受け取った木箱は、いつもよりも重く感じられた。
「うん。あなたの命もね。それに」
「え?」
シャーラの指が、むにっとエリシアの胸にめりこむ。
「今夜はこれ、ユーリに使いなさいよ?」
「え、えぇええっ!?」
「なに驚いてるのよっ。今夜にも招集されるかもしれないご身分なんだから、本当に迷っていたらダメだからね。いい? 覚悟決めなさいよ。じゃないとユーリ、他の子に取られても知らないからねっ」
「うぅ……」
「エリシアは可愛いしスタイルも良いんだから、あなたにちょっと大胆に迫られたらユーリだってガーってなっちゃうわよ。だからがんばって!」
エリシアは弾丸の箱とは別に、ユーリから頼まれた砥石を受け取ると武器管理室を後にした。
基地内ですれ違うのはエネギアス人ばかり。エリシアは人間の中では珍しく少尉に階級を得ることができた。しかし部隊に配属された八名はユーリをのぞいて全員死亡。それなのに補充はなく、事実上ふたりの部隊となっている。
なので――。
「見ろ、ふたり部隊の人間少尉だ」
「まだ生き残ってたのか」
「今回の任務、ふたりで三〇〇の敵を倒したとか」
「さすがは蛮族だな。召喚魔法という高貴な戦いも知らずに剣と銃でやってるようだな」
「しかしそれも次が限界だろうな。召喚魔法が使えない存在ではもう……」
陰口にしては大きすぎる声が、エリシアの耳に入ってくる。
うるさい。わかってる。人間は召喚魔法を使えないって知ってるくせに。三〇〇の敵を押しつけて撤退したのはどの部隊だ。それに蛮族じゃない、人間だ――そう、言えるものならば今ここで言いたい。
エリシアはそんな気持ちを抑え、自分たちの部屋があるおんぼろ宿舎へと向かった。
「ただいまー。言われてた砥石、もらって来たわよ。あーあ、報告書出したけどエルマンに却下されちゃった。我々は撤退などしていない、ただ勝利を報告しろ、だって。そんなの虚偽報告になっちゃうじゃない……って、あれ?」
ここまで話して、部屋にユーリがいないことに気が付いた。
耳を立てると風呂場の方から水音がする。
「…………」
ふたりがいるのは訓練兵用の旧宿舎なのだが、老朽化が進み六部屋ある棟で使える部屋がひと部屋しかなく、同じ部屋で寝泊まりをせざるを得ない状況になっていた。
「ユーリ、お風呂か」
そう思った時、ふろシャーラの声が脳裏に蘇った。
『あなたにちょっと大胆に迫られたらユーリだってガーってなっちゃうわよ』
『いいじゃない。それにいつ死ぬかわからないのよ、あたしたち人間は特に』
「ユーリ……」
正直なところ、ユーリが自分をどう思っているのかはわからない。ただの幼馴染みであり、戦友としか思っていないのかもしれない。
では自分はどうなのかと、今更な自問をする。
「わたしは……」
ユーリが好きだ。シャーラほどストレートには表現できないが、それはひとりの女性として、男性としてのユーリが好きという感情がある。
しかしその思いを口にしてしまい、今の関係が壊れるのはエリシアには死ぬほど怖い。
「でも……」
シャーラの言うことも、理解できなくはないことだった。
今まで五回の任務。どれも生還なんか想像もできないような任務ばかりだった。その度に、エリシアは帰ったらユーリに思いを伝えようと思ってきた。だが、伝えたことは一度もない。いつもまた次こそは、にしてしまう。
エリシアはかぶりを振った。
「きょ、今日こそは……!」
思い切って、エリシアは服の留め具に手をかけた。
ユーリにも逃げられないように、入浴中の今、迫ろうというのがエリシアの作戦だった。
奇襲こそ基本、ユーリもいつもそう言っている。
ジャケットと肌着を脱ぎ、下着姿になる。心臓は戦闘前よりも早鐘を打つ。
本当に自分に魅力はあるのだろうか。ユーリはこのわたしを見て、何か感じてくれるだろうか。
緊張する。
下着のまま、風呂の脱衣場へと入る。
「ユ、ユーリ?」
『おぉ、エリシア帰ったのか、悪い、すぐに上がるよ』
「う、ううん、平気……」
自分でもわかるくらいに小声になっている。
ダメだ。
こんな時こそ大胆に攻めるべきなのだ。
懐疑的な攻めは敵にとっての好機。有利な状況も不利に変えてしまう。と、これもユーリが言っていたことだ。
エリシアは思い切って下着も脱ぎ去り、風呂場への扉に手をかけた。
そして、開ける。
「ユーリ!」
「うぉわっ!?」
予想外なことに、扉をあけるとそこには全裸のユーリが立っていたのだ。
「なっ」
「お、おまっ、おま、な、なにを……!?」
怯むな。
今は攻める時。
こんなことに怯んではまた――負ける!
「ユーリ!」
エリシアは踏み込み、裸のまま、裸のユーリに抱きついた。
「うおぉおおおおどうしたエリシア!? 何かあったのか!?」
突然のことにユーリもエリシアを抱き留められず、両手をパタパタとさせてしまっていた。
「あ、あの、き、聞いてユーリ。わたし、今日こそ、どうしてもその……伝えたくて」
「お、おおおおおおう、ど、どどどどどどどうした?」
「えっとね、わたし……ユーリが………………ん、んん?」
エリシアはふと、下腹部に触れる違和感に気が付き、視線を落とした。
するとそこにはユーリの……。
「なっ、に、こっ……れ……」
「な、何をと言われましても……まぁ……うん」
ユーリの下半身を直視してしまった瞬間、エリシアの瞳からサァっと光が消え、白目になってしまい、
「ふぁあああっ……」
「おぉっと」
後ろに倒れてしまいそうになり、ユーリが支える。
するとユーリはすぐに、エリシアから眼を逸らした。
「まったく……うちの隊長は何をしたかったんだか……」
このまま、気を失った裸のエリシアを見る趣味はないと思いつつ、ユーリはどうしようかと、空いている方の手で頬を掻いた。
「まいったな」
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