GOE | -Great of Enesgear- @2012-2025
グレイトオブエネスギアー旧章ー第二三話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第二三話」

  【〇二三】

「ルーミア……」

 呼び出した重雷獅子の力強さと共にエリシアが感じたのはルーミアの魔力消費の膨大さだった。
 雷でできた獅子はそのまま魔力の塊。ましてやその制御にまで多大な魔力を使っている。
 召喚魔法が使えないエリシアから見ても、維持だけでもとてつもない魔力を使うことが伺い知れた。だから、そう長く姿を留めることはできないだろう、と。

「撃滅しなさい(バルバラディア)」

 鎖を振り上げるように、ルーミアは魔導杖を振りながら命じる。

「ガァアアアア!」

 向かう重雷獅子に対し、破滅獣は無数の触手を走らせる――が、重雷獅子はその触手を物ともせずに突進し、鋭い爪を持つ前脚を振り上げる。
 その前脚が振り下ろされると同時、爪の一撃は雷を纏う一撃になった。
 破滅獣本体に四本の爪痕が刻まれ、そこからぶしゅうと黄土色の体液が噴き出す。

「すごい!」

 エリシアは思わず声を上げた。銃弾を喰らわせてもダメージにならなかった相手に、この重雷獅子は目に見える傷を負わせたのだ。

「コォォォォォォ!」

 しかし破滅獣は臆することなくすぐに反撃に出る。
 破滅獣の叫びと同時に周囲の空気がびりっという魔力を纏った。重力を操る魔法が来る。

「させない」

 ルーミアは鎖を引くように魔導杖を振る。すると重雷獅子も魔力をこめた咆哮を上げた。

「ゴァアアアアアア!」

 魔力放出による魔力の相殺――ルーミアが見せたそれと同じことを、重雷獅子はやって見せた。
 ルーミアは召喚したものを完璧に制御できている――エリシアはそう感じた。
 だが消耗も激しいのか、ルーミアの顔には薄らと汗が見え始めている。
 状況は必ずしも優勢というわけではない。
 ルーミアは魔導杖を振り、さらに攻勢を続ける。
 雷を纏う爪の一撃がさらに破滅獣本体に爪痕を残す。

「コォオオアアアア!」

 破滅獣は体を捻るように動かしつつ咆哮を上げ、土塊の矢を重雷獅子へと放った。
 無数の矢が重雷獅子の体を貫いても、重雷獅子は攻撃の手を休めない――が、その代わりのようにがくりとルーミアが片膝をついた。

「ルーミア!」

 召喚したもの――特に最上位とされる創造召喚以外では通常、その維持には術者の魔力が消費される。ダメージを負うということは魔力が削られるということであり、消費にはさらに加速がかかることになる。

「ま、まだ大丈夫……!」

 ルーミアは立ち上がり、さらに魔導杖を振る。

「雷撃撃息(ライオーブレス)!」

 その言葉に呼応するように、重雷獅子の体の輝きが増した。

「なっ」

 エリシアが直視をできなくなるほどに、重雷獅子の体が輝く。
 そして。

「ガァアアアアアアア!」

 凄まじいまでの咆哮とともに、重雷獅子の口からは雷を纏う光の奔流が放たれた。

「コォッ……カァッ……!」

 光の奔流は破滅獣の体の三分の一ほどを、地面を抉りながら覆う。

「この威力なら……!」

 激しい閃光の中、エリシアはその威力に驚きつつも、期待を高める。
 そして光が収まった後には体の三分の一を抉り取られた破滅獣の姿があった。

「効いた!?」
「コァ……オ、オォオオオオ……」

 頭頂部の人型こそ健在ではあるが、破滅獣のダメージは大きく見えていた。
 さすがは召喚魔法だとエリシアが感心していると、ルーミアは倒れるように両膝を地面についた。

「ルーミア!」
「はぁ……はぁ……」

 駆け寄るとルーミアの呼吸が荒い。こちらもかなりの消耗が見てわかる。

「倒し……きれなかった……!」
「え」

 ルーミアの言葉にふと破滅獣を見ると、破滅獣はもぞもぞと小刻みに体を震わせていた。

「コォォオオオオオオ!」

 幾度目かの咆哮を破滅獣が上げると、体の抉り取られていた部分が見る見るうちに再生されていく。

「う、嘘……そんな……!」

 さらに地中から、二本の太い触腕をずるりと引き出し、重雷獅子へと叩き付ける。

「ガッ!」

 触腕による一撃を受けた重雷獅子は氷像が砕けるかのように、その場で砕け散ってしまった。

「あぅっ」

 ルーミアの魔導杖から続いていた鎖も合わせて消え、完全消失する。

「打つ手なし……ってこと……」

 エリシアは倒れそうなルーミアを支えつつ、思わずそう呟いた。
 破滅獣は触腕の周囲に触手を出し、こちらを狙うそぶりを見せている。

「くっ……」

 まだやられるわけにはいかない。
 ユーリにまだお別れもできていないのに――そう思ったエリシアは、無意識に拳を握りしめていた。


 ――まるで体の重さを感じない。
 俺はたしか破滅獣に致命傷を受けて……それから……死んだのか。
 ぼんやりとする意識の中、ユーリはそんなことを思った。
 いや、考えることができるのだから死んじゃいないのか。
 でも――。
 受けた傷は間違いなく致命傷だったはず。
 それに……。

「……う、ん……」

 気が付くと、自分がいたのはベッドの上だ。真っ白いシーツがかけてあり、どこか広い建物の中のようだった。
 真っ白い天井と床が広く続いている。

「宮殿のような……どこだ、ここは……」

 ユーリは体の重みを感じながらゆっくりと起き上がり、立った。
 明るく、温かで、どこか懐かしいような気がする場所。記憶に該当するような場所はなかった。
 少し歩いてみようか、そんなことを思った時――。

「ユーリ=ファルシオン」
「っ!?」

 不意に名を呼ばれ、ユーリは振り返る。
 するとそこには、見覚えのある顔があった。

「シスター?」

 それはチェロリダ村へ来る途中、教会で出会ったシスター、ティアルの姿だった。
 だがあの時のようにシスターの服は着ておらず、この場所に良く似合う、神々しくも見える白を基調とした豪奢な服装をしていた。
 そんな彼女は穏やかな口調で言う。

「目的地にはたどり着けたようですね」
「はい。でも……やられちゃいました」

 胸に手を当てると、そこに傷はない。やっぱり自分は死んだのだと、ユーリは思った。

「運命とは残酷なもの……これもまた試練なのでしょう」
「なら……俺はその試練を越えられなかったってことですね」

 その後のエリシアやルーミアのことを思うと、後悔のような念が強く膨らむ。
 無事に逃げられただろうか、と。
 そんなユーリに、ティアルは首を振る。

「いえ、試練はまだ続いています。今のこの時も、まだ試練の途中です、ユーリ」
「途中? 俺はもう死んだんじゃ……?」
「今は死んでいます。ユーリ=ファルシオンの命は一度尽きました」
「……そう、ですか」

 自分の死を聞かされるというのは不思議な気持ちだった。
 でも、諦めきれないことがある。

「なにか、今の俺にできることはないんですか?」
「なにがしたいのですか?」
「まだ戦ってるエリシアたちのために、なにかできることがしたい」
「ユーリ……」

 ティアルはぽつりと名を呼ぶと、慈悲深そうにまぶたを閉じる。

「シスター?」
「わたしは……わたしの本当の名前はラ=ティエリスタ=ティリス」
「ラ……ティエリスタ=ティリス……」

 ユーリはその名前に聞き覚えがあった。

「教会で聞いたことがある……た、たしか九天女神のひとり……ティリス様……」
「そのように呼ばれていますね」

 ティアル――ティリスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「女神様が目の前にいるってことは……本当に死んだんだな、俺」

 ユーリはこの状況に、改めて自分の死を認識した。

「今はあなたの魂を一時的に天界に呼び寄せています」
「ど、どうしてそんなことを?」
「それは……ユーリ=ファルシオン。女神ラ=ティエリスタ=ティリスとしてあなたに問います。あなたがもっとも価値があるとするものはなんですか?」
「価値があるとするもの……」

 考えず、ユーリは思ったことを口にする。

「エリシアと……一緒に戦ってるルーミア、それに叶えたい夢、です」
「ふふふ、随分と欲張りなのですね」
「この三つは、自分の中で一番価値があるものです。どれもなくしたくない」
「自分の命よりもですか?」
「命も大事ですが、それよりももっと。だから――俺はこうして」

 エリシアをかばって死んだのだ。

「……わかりました。勇気ある者の、勇気ある行動、たしかに見させてもらいました。あなたの行動は一時の気まぐれや思い込みではなく、本当の勇気に根ざした行動……でなければ自分の身を投げ打ってまでなにかを守ることなどはできませんから」

 そう言いながら、ティリスはゆっくりとユーリに近づく。

「ティリス様……」

 ティリスに近づかれたユーリは、そのあまりの神々しさに思わず跪いて顔を伏せた。

「さぁ、顔を上げてくださいユーリ。あなたは女神の加護を受ける勇者に相応しい……」
「お、俺が……?」

 神話の中で聞いた勇者という名前。それは女神の加護を受け、強大な力を扱い世界を守る存在のこと。

「このわたし、ラ=ティエリスタ=ティリスがあなたに加護を授けます。あなたの命は地上界に創造召喚されるでしょう」
「そ、創造召喚……!」

 それは完全な無から有を生み出す、最高上位の召喚魔法。エネスギア人でも使える者がいないという、神のみに許された魔法だとユーリは聞いていた。

「ですが、同時にあなたは勇者としての使命を負うことにもなります。勇者として地上の災厄を取り払わねばなりません」
「災厄……」
「そうです。今もなお地上で暴れる、冥府の魔獣破滅獣……ほかにもあなたの行く道には幾多の困難が待ち受けることでしょう」

 ユーリは思う。
 もとよりそのつもり。夢を叶えるまで、平坦な道だとは思っていない。

「その運命を受け入れますか、ユーリ=ファルシオン」
「またエリシアたちのところに戻れるなら、なんでもする。とっくに、そんな覚悟はできます、ティリス様」
「……あなたならそう答えると思いました」

 ティリスは微笑み、ユーリの頬に手を伸ばす。

「では――これより勇者としてユーリ=ファルシオンを地上界に創造召喚します」
「あ、あの……勇者の力って……」
「使い方はあなたしだいです。あなたの勇気が、あなた自身を導くでしょう。そして勇者の力はわたしが託した聖剣があなたに与えてくれます」
「ティリシュベルトが……」
「はい。やはりあなたは勇者になるべき人でした。待っていた甲斐もありました」

 ティルスの両手がユーリの頬を挟み込む。
 温かく柔らかな手の感触に、ユーリは思わず目を閉じてしまう。
 そして願った。
 願わくば、あの破滅獣を倒せる力が与えられんことを――と。


「あうっ!?」
「ルーミアっ!」

 破滅獣が走らせてきた触腕を避けた際、めくれ上がった地面の土の塊がルーミアの脛に当たった。
 ルーミアは足をかばうようにして倒れてしまう。

「立てる!?」
「な、なんとか……」

 エリシアが駆け寄り、ルーミアに手を貸して立ち上がらせる。
 破滅獣の攻撃をなんとか避け続けて来ていたが、ここにきて足に傷を負ったのは致命傷だとエリシアが思った。
 まだ村人の避難も完全には終わっていない。
 ここで今自分たちがやられてしまったら、なにもかも終わりだ。

「くっ……!」

 弾の切れた銃を背負い、剣を抜いてゾーン・グール・グレイブを見る。
 ルーミアも杖を支えに立ち上がった。

「差し違えたって……もうこれ以上は下がれない……!」
「一緒するよ、エリシア」
「ルーミアごめんなさい」
「ううん」
「わたしが突っ込むから、その後は残ってる魔力全部を使って一撃食らわせてやって」

 作戦とも呼べないような行動の指示に、ルーミアは短く答えた。

「――わかった」

 これが最後なのだと、ルーミアは直感していた。

「銃は下ろさないの?」
「ずっと一緒に戦ってきたからね。最後くらい、一緒に連れて行くわ」

 エリシアはそう、微笑んだ。

「そう……ありがとうエリシア。あなたと戦えて嬉しかった」

 エリシアはルーミアのその言葉に、覚悟を感じ取った。

「わたしもよ、ルーミア。じゃあ……!」

 剣を構え、エリシアは走り出した。
 瞬間、ルーミアは近くに強大な魔力を感じ取った。

「えっ」

 その魔力はこの場所のすぐ近く――それも尋常ではない、常識では考えられないような魔力が集まっている。

「これは――」

 戸惑いを覚えているルーミアの前を、決死のエリシアが走って行く。

「やぁあああああああーっ!」

 剣を振り上げて走るエリシア。
 破滅獣はそんなエリシアに向かい一本の触腕を走らせた。

「このくらい!」

 エリシアの剣が触腕を叩ききる。そしてエリシアは勢いを落とすことなく破滅獣へ向かい走る。

「一撃くらい……っ!」

 エリシアが再び剣を振り上げた時。

「えっ!?」

 エリシアの周囲を塞ぐように、八本もの触腕が地面を突き破って表れた。

「うそっ……!」

 まるで触腕に飲み込まれるように、エリシアの姿は消えた。

「エリシアっ!」
「あっ、うぐっ!」

 エリシアの体には何重にも触腕が巻き付き、体の自由を完全に奪っていた。

「ぐっ、あっ、あぁっ……!」

 エリシアが苦痛の声を漏らす。
 破滅獣の触腕は一気にエリシアを押し潰そうとはせず、徐々に力を込めている。

「エリシア……!」
「き、来ちゃだめルーミア! そ、そこからわたしごと……魔法でこいつを……! ぐっ、あぁっ……!」

 ぎりぎりと触腕の締め付ける音がルーミアにまで聞こえて来た。

「ルーミア……お願い……!」
「エ、エリシア……!」

 ルーミアは迷う。
 エリシアごと魔法で攻撃して良いものかと――。それにおそらく自分の魔法の威力ではこの破滅獣を倒すことはできない。ならばエリシアだけを殺してしまうことになるのではないだろうかと。
 それともそもそももう助からない自分を楽にして欲しい……そういうことなのだろうか、などという迷いが頭を埋め尽くし、ルーミアは詠唱どころではなかった。

「ど、どうすれば……」
「ル、ルーミア早く……うっ、うぅあっ!」

 破滅獣の締め付けは徐々にそのきつさを増していく。
 体中が圧迫され、息が苦しくなる。骨が軋む音も聞こえ始める。
 ひと思いに殺せるものを、自分はこのまま惨めになぶり殺されるのか――そんなことがエリシアの頭によぎる。
 せめて最後くらいは潔く散りたかった。だけどそれも叶わず――。

「ユ、ユーリ……!」

 ほとんど声にならない声で、ユーリの名を呼んだ。
 自分もこれからそっちへ行くから、そんな気持ちで。

「あっ、あぁああっ!」

 ぎちぎちと触腕が締まり、いよいよ息ができなくなった。
 もうダメだ――エリシアは意識が途切れかけていることに気付いた。そしてこの意識が途切れたら二度と戻ることはないだろうと。
 エリシアはそれでも必死に耐えていた――だがそれも限界が訪れる。
 全身を砕くかのような痛みが襲いかかる中、体に入れていた力も抜け落ちる。
 ユーリ、ごめんね……わたしもすぐにそっちに行っちゃう。
 そう思った瞬間、不意に体を締め付けていた圧迫感が消え去った。

「えっ?」

 閉じていた目を開くと、そこにはユーリの姿が見えた。
 わたしは死んだのか? エリシアはそう思った。
 だけど、どうも違うらしい。

「悪い、ちょっと死んでる間に酷い目に遭わせちまったな」

 目の前のユーリはそんなことを言ったのを聞いて、エリシアは自分が生きていることと、ユーリが生きていることを知った。