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グレイトオブエネスギアー旧章ー第二二話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第二二話」

   【〇二二】

 エリシアはユーリをギーファンの家まで運んできていた。
 ギーファンは変わり果てたユーリを見て、言葉を詰まらせた。

「なんという……」
「ギーファンさん、そこの壁を貸してください。ユーリに背中を預けさせて、休ませてあげたいので」
「里のために戦ってくれた剣士じゃ。そこで良いのか?」
「はい」

 家の壁にユーリを降ろし、座らせるように置く。顔は寝ているようだと、エリシアは思った。

「すまないがエリシア殿。どうやらゾーン・グール・グレイブはこの里に向かってきているらしい。あの取り巻きどもとともに、この里を蹂躙するすもりじゃろう。村の者たちで戦えるものが応戦に出ておるが、果たして持ちこたえられるかどうか……」
「ギーファンさん……」

『生きるのを諦めないで』

 耳の奥に、ルーミアの言葉が残っていた。
 眠るようなユーリの顔を見ながら、エリシアは思う。
 今は任務を遂行する。チェロリダ村の奪還が今回の任務。そのためにも、この里の住民の安全確保の必要がある。

「ユーリ……」

 ユーリが生きていたら、たぶんそんなことを言っていただろうとエリシアは思った。

「任務、ちゃんとしてくるから。終わったら、きちんとお別れするから」

 悲しみは強いのに、なぜか気持ちが落ち着いていた。
 戦いの場にいるからかもしれない。
 ルーミアと話したからかもしれない。
 それとも、ユーリの死を受け入れられたからかもしれない。
 そんな思いを振り払うかのように、エリシアはユーリにキスをする。
 唇はすでに冷たい。

「ユーリ、わたしはまたここに戻るから。それまで、待っててね」

 当然、返事は返らない。だけど、それで良かった。

「ギーファンさん」
「うむ?」
「村の人たちを避難させてください。あの破滅獣はわたしとルーミアで引きつけますから、その間に」
「ふたりじゃ無理じゃろう。村の若い衆で戦える者も加勢するはずじゃ」
「では撤退戦を仕掛けます。適時撤退して行く作戦で」
「わかった。伝令を介してエリシア殿の指示に従うように伝えよう」
「ありがとうございます。では、行って来ます」

 肩にかけていた銃を持ち、エリシアは走り出した。
 里の出口に差し掛かった頃、魔物たちと一進一退を繰り広げている里の戦士たちが見えた。

「聞いて! 村の人たちはこれから避難する! あなたたちも適時撤退して!」

 するとすぐに、若いギルギレイア人が応じた。

「地上から来た共和国の……! あんたたちはどうするんだ?」
「わたしたちは限界まであの破滅獣を足止めするから」
「……正気か……だ、だが、我々にはあいつに対抗する手段がないからな……頼んだぞ!」

 たしかに破滅獣相手に二人とは正気とは言えない。
 最前線まで出ると、そこにはルーミアが魔法で魔物を蹴散らしているところだった。

「ごめんなさい、待たせたわね」
「大丈夫。帝国の人たちが逃げたから、破滅獣はそれを追いかけるようにして動いたけど……たぶん、戻ってくる」
「わかるの?」
「なんとなく――あの破滅獣はこっちに来ると思う」
「里を狙ってるっていうこと?」
「どうだろう。それはわからないけど……たぶん、こっちに来る」
「信じるわ、その直感」
「ありがとう。それに……ありがとうエリシア」
「お礼を言うのはわたしの方でしょ。……ありがとうルーミア」
「大丈夫?」
「ううん。全然大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど……今はこうするしかないんだもの。きちんと戦って、里の人たちを避難させて、それからもっと悲しむことにする」
「うん……そうして。その時は一緒に、わたしも悲しんでもいい?」
「うん。もちろん」

 じわりと浮かんで来た涙を拭い取り、エリシアは前を見た。
 魔物たちは自分たちを避けるように里を向かっているが、全体の数は減ってきているように感じられた。
 とは言え、戦い慣れない里の人たちにしてみるとこの魔物は十分な脅威となっている。破滅獣本体が見えないのなら、そちらへと加勢に行くべきだとエリシアは思った。

「ルーミア、ここは一度下がって里の防衛に行くわ」
「わかった。それがいいと思う」

 ふたりは踵を返し、里へと向かう。

「ルーミア、召喚はできそう?」
「できるけど……残してある」
「残す?」
「うん。大きいのと戦う時のために、温存」
「なるほどね」

 ルーミアも破滅獣と戦う覚悟はできているようだと、エリシアは思った。

「なら、その前に雑魚を片付けておかないとね!」

 里の戦士に襲いかかろうとする魔物に向け、エリシアが発砲。戦いの中でエリシアは魔物の急所を見つけていた。体の中心線に撃ち込めば、図体が大きくても一発で大人しくなる。
 今回もそこへと撃ち込み一匹を仕留めた。
 このまま一気に魔物たちを片付ければ避難も早く終わる――そう思った矢先、突如周囲の地面がめくれ上がり、ギルギレイア人の戦士数名が地中に引き込まれて行った。

「地面の中にいるの!?」

 そう言えば最初の時も地面の中から現れたのだと、エリシアとルーミアは思い出した。
 地面のめくれ方を見るに本体はまだそう近くではない。だが相手がこちらを感知している以上は距離に関係なく脅威はある。

「エリシアあそこ!」

 ルーミアが指さした先に見えたのは、ゾーン・グール・グレイブの頭頂部に生えていたあの人型だった。遠くから見るとギルギレイア人の格好に見えるそれは、両手の肘から先がない。

「破滅獣のだよエリシア」
「この距離なら――」

 エリシアは素早く狙いを定め、引き金を絞る。
 距離的には問題ない。直撃すればそれなりのダメージも与えられると思っていた。
 だが。

 カンッ!


「え?」

 弾は金属に当たり、弾かれるような音が響いた。

「そんな!」

 銃弾を弾くような硬さがあるのなら、剣も当然に通じない。
 とは言え。

「あんな目立つ場所が弱点なわけないからね……下の方が本体なのかも」

 エリシアは気を取り直す。
 すると破滅獣は人型の下――エリシアが本体と目星をつけた部分を地中から地上へと露わにした。
 そこにもすぐに一発を撃ち込むが、大きすぎてダメージが通っている気配はない。

「銃が効かないなんて……本当に厄介ね。大人しく帝国のふたりを追いかけてくれてれば良かったのに……って、それじゃユーリの敵討ちにならないか」
「敵討ちをするつもりなの?」
「言ってみただけ。できることならやりたいけどね。だから全力で行くわ」
「そう。それならわたしも――」

 言い、ルーミアは魔導杖を構える。

「召喚?」
「そう。少しの間、お願い」
「やってみるわ」

 詠唱がそれなりに長い、ということだとエリシアは解釈した。

「我(ディア)、契約に基づきて(アステムス・)力の行使をここに(ザン・クラーバリ・)宣言する(アルラード)――」

 そのルーミアはすぐに詠唱を開始した。
 同時に彼女を狙うように、触手三本が地面を走ってきた。

「んっ!」

 一本を銃で撃ち千切り飛ばし、残りの一本を銃剣で薙ぐ。残った一本に向かいエリシアは。

「炎光弾(ブレイフレイダ)!」

 魔法で焼き払う。
 詠唱中にもかかわらず、エリシアの魔法を見たルーミアは驚くように目を見開いた。

「魔法も使えるのよ、わたしだって。あなた程じゃないけどね。詠唱、続けて」

 ルーミアは頷く。

「大気を支配せし(ロムリア・リグ・)根源よ(エネス)、獣の形と(ビヴァリゥリア)成せ(スクム)。空を裂き地を(サグラディード・)割る猛りを(マールディーラ・)我が(ディア・)魔力を以て(マジェスティス・)我が剣と成せ(ディア・ラ・シェベルト)」
「コォオオオオオ!」

 破滅獣の体側にある孔が開くのが見えた。エリシアは即座に魔法防壁を展開する。
 同時に毒霧が周囲に立ち込める。これを吸ったらどうなるのか、考えただけでも恐ろしい。
 エリシアの防壁に守られながら、ルーミアは歌うような詠唱を続ける。

「強き四肢(スドラ・フォア・)、輝きを湛えよ(シヤルバドス)。奮迅の化身たる(ドルゥク・ダム・ドドア・)力をここに(エネス・フィア)――我が戒めの下に(ディア・エストラバ・)従え(フィガン)、雷を操り(ライオール)、覇を咆哮し(ブロギヌバス・)脅威を撃滅せん(バルバラディアス)――我が(ディア・)魔力を以て通じ(マジェスティク)契約を果たせ(アステムシア)。我が(ディア・)描きし紋章を纏い(ドゥローリア・ハール・ペルゼ)……」

 魔導杖は今までにない光を放ち、バチバチという小さい雷が起こり始めていた。
 そして、ルーミアは召喚するものの名を告げた。

「顕現せよ(ギア)! 重雷獅子(ライリオン)!」

 眼前に落雷が起こり、その衝撃が毒霧を吹き飛ばす。
 そしてそこに現れたのは、稲妻を纏う青白い獅子だった。

「グゥルルルルゥゥゥ」

 重雷獅子は低い唸りを上げ、破滅獣の方を睨むように見ている。

「わたしが使える最高の紋章召喚がこれ……ちょっと難しいけど」

 難易度はエリシアにも見てわかった。
 ルーミアの魔導杖から喚び出した重雷獅子との間には、青白い光の鎖が繋がっている。
 召喚した対象を完全に制御することはできない場合、このようになるということをエリシアは知識で知っていた。
 そしてこの種の召喚は途方もない魔力を消費するということも、知識として知っていた。

「重雷獅子、あいつを倒しなさい」
「グガァアアアアア!」

 重雷獅子は主の命に応えるように、雄々しい咆哮を上げた。