【〇二〇】
地上ではもう夜が明けるという頃。
早くに眼が覚めたユーリは部屋の中で体の回復を確認すると、装備の確認をしていた。
野営道具は地上に置いたままにしてしまったが、ふた振りの剣は無事だった。輝石剣の方も、ティリシュベルトも、どちらも損傷した様子はなく、刀身は綺麗な状態だった。
「よし――」
万が一、あの破滅獣や帝国軍と戦うことになっても、装備に申し分はない。
そう思いながら剣を腰に差すと、夜にギーファンから聞いた話を思い出した。
――ギルギレイア人には剣士が多いが、人間やエネスギア人に剣士は珍しいという話だった。魔法や銃の発展により、剣を使う者が減ったというのが専らの見解となっている。
また、ギーファンの話によると地上に伝わる剣術の多くは元を辿るとギルギレイア人を発祥とするものが多いということだった。
「俺の剣術も、そうなのかな」
輝石剣の刀身を眺めつつ、ユーリはぽつりとつぶやく。
師匠から剣術の発祥などは聞いたことがほどんとない。あると言えば、自分が世界を回り編み出したという言葉くらいで、ユーリは半信半疑で聞いていた。しかし輝石剣を所持していたことから、もしかしたらギルギレイア人との交流があった可能性も浮上してきた。
自分の剣術発祥の地――ではないかもしれないが、その可能性のある種族と交流を持てたことを、ユーリは嬉しく思っていた。
表立って、エネスギア人とギルギレイア人との交流はない。互いに不干渉、不可侵の立場ではあるので、今回の邂逅は奇跡的だとユーリは考えていた。
すると――外の方で何やら声が上がっているのが聞こえて来た。まだ早朝なのにだ。
「なにか――」
あったのかとつぶやくより早く、部屋のドアがノックされる。
「ユーリ、起きてる?」
ドア越しに聞こえるのはエリシアの声。
「ああ。起きてるよ」
「外の様子が騒がしいの。何かあったのかもしれない」
「わかった。今行く」
輝石剣を素早く鞘に収めると、ユーリは部屋を出る。そこにはルーミアもいる。
「なんだか慌ただしく動いている気配がして」
「ちょっと嫌な予感がする」
ふたりはどこか緊張した表情をしていた。
そんなふたりを伴い外へと出てみると、里の中には無数の土蟲のようなものが侵入してきており、戦闘になっていた。
「な、なんだこれ」
「おぉ、ユーリ殿」
すぐそばにいたギーファンはユーリたちを見るなり、駆け寄ってきた。
「これはいったい?」
「破滅獣が引き連れている魔物じゃよ。詳しくはわかっておらんが、どうにも凶暴で、たまにこうして里に押し寄せてくるんじゃが……今日はやけに数が多い。里の若い衆が応戦に出ておるところじゃ」
見るとギルギレイア人の剣士たちが魔物たちと戦っている。数が多く、やや押され気味に見えた。
「加勢しないと、ユーリ、ルーミア」
「おぬしたち、怪我はもう大丈夫なのか?」
「おかげで大丈夫です。じゃあ、行って来ます」
ユーリは剣を抜き放ち、走り出した。
それを見ていたギーファンは呟く。
「なんとも強い人間じゃな。何かを加護というものを受けているのかもしれん。あるいは、受けるのかもしれんな」
と。
ギーファンが魔物と呼んだ土蟲はユーリたちにとって、大きさのわりには手強さを感じる相手ではなかった。
「あのデカい方と違って手応えはないんだな」
ユーリがそんな感想を漏らしていると、視界の端で青白い光が走るのが見えた。
それはルーミアが放った魔法の一撃。
雷の剣のようなものが魔物二匹を一度に薙ぎ払っていた。ユーリから見るに、ルーミアの動きはどんどん戦闘慣れしているように思えた。
「ルーミア! そっちは任せるぞ!」
「うん、任せて」
ルーミアからは落ち着いた返事があったので、ユーリは自分の範囲に集中することにした。
するとすぐ、今度は視界の奥に一際目立つ人影が見えた。巨大な大剣を振り、魔物たちを次々となぎ倒している。
「あれは帝国の……!」
地上で一度戦った、ガブリアスの姿がそこにあった。近くにはパルアの姿も見える。
「どうしてここに……!」
「ユーリ! 帝国のふたりがいる!」
同じく状況に気付いたエリシアがユーリへと駆け寄ってきた。
「ああ、なんでこんなところにいるんだ」
「さぁ。わからないけど、破滅獣を追いかけたか、追いかけられているうちに来たのかも」
「追いかけたって……帝国の連中の考えることはわからないな」
そんな話をしているユーリたちに、ガブリアス側も気がつく。
「『戦渦の三凶星』! やはり生きていたか!」
ガブリアスは笑顔を見せ、周囲の魔物を蹴散らしながらユーリの元へと近づいてくる。
「それでこそ我が好敵手というものだ! 深追いした甲斐もあったと言うもの!」
「深追いして来るなっての」
「そう言うな双剣士ユーリ」
「そんなことより、この魔物はあんたらがここに案内してくれたのか?」
「結果としてそうなったのかもしれんな。魔物か。確かにその表現が的確だろうな。だとすると――あいつはやはり破滅獣か」
「いるのか?」
「ああ、すぐそこにな」
ガブリアスが送った視線の先には破滅獣――ゾーン・グール・グレイブの姿が確かにあった。わざとらしいくらいにゆっくりとこちらへ体を動かして来ている。
「こっちに気付いてる?」
エリシアが言うと、ガブリアスが頷いた。
「我らも一度交戦したが、地上の時ほどに積極的ではなくてな。――と、やつはやはり破滅獣なのか?」
「敵に情報を送る義理はないけど、ここじゃそう呼ばれているそうよ」
「そうか。恩に着るぞ銃士エリシア。今や我々ゾディアスタス人でも破滅獣を操る術は持たないのだ。互いにとって災害のようなものと認識して良いだろう。もっとも、持ち帰ることができれば我が戦力に加えるのだがな」
「戦闘中に良く喋るわね。大丈夫?」
言っている間も、三人は魔物を蹴散らし続けている。
すると――。
「コォォォォォォォォォ!」
突如、破滅獣が雄叫びを上げる。それと同時に、ユーリたち目がけて地面がめくれ上がる。
「エリシア!」
「見えてる!」
地中から迫った触手を回避すると同時、エリシアは破滅獣本体へと発砲する。が、別の触手が素早く銃弾を弾いた。
「見た目より素早い!?」
「破滅獣となればそう容易くは倒せんぞ」
「なんであんたが得意そうなのよ!」
「ふっ、破滅獣と言えば我らの邪神ゾディアであるからな」
「ゾディアスタス人ってよくわからない……!」
エリシアはそう言いつつ、弾倉を交換する。
「それでユーリ、どうするの? ここで破滅獣の相手、するの?」
「それしかないだろ。このままじゃギルギレイア人たちの里が襲われちまう。せめて避難が終わるまでの時間稼ぎはしないと」
「はっ、やはりここはギルギレイアどもの里か! 総督が探していたものとはこの里のことだったのだな!」
「なんだ、目的もわからずに派遣されてたのか。あんたらも大変だな。けど破滅獣が里に入ったら元も子もなくなるぞ」
「わかっている。我らが望むのがギルギレイアどもへの殺戮ではないからな。生き残ってもらわねば困ると言うもの」
「なるほど、そういう企みだったんだな」
ユーリはガブリアスたちの目的を、やっと理解した。
ギルギレイア人たちが優れるのは掘削や製鉄の技術。他に剣術も優れている。それらの技術を接収するのが目的なのだろう。力尽くででも。
「破滅獣がいたんじゃ帝国の相手に専念するってわけにも――」
今は破滅獣に専念しなければ、やられてしまう。
「コォォォォォォォ!」
グッと空気が重みを増す、魔力放出を伴う雄叫びが来た。
「くっ、これはあの……!?」
重力が増したような、ある種の魔法なのだろう。これを受けると身動きに著しい制限がかかってしまう。
厄介だ――そう思った直後。
「雷撃爪(ラギカバイド)!」
ルーミアの声と共に、青白い稲妻の三本爪が空を薙ぐ。
「ルーミア?」
その魔法は空振りのように見えたが、バチンという弾けるような音と共にユーリたちの体に加わっていた重みが消えた。
「ルーミア、これって……?」
問うエリシアのすぐ傍にルーミアは来ていた。
「こっちからも魔力をぶつけて、あの重くなる魔法と相殺させてみた。できるかなと思ったけど、上手くできたみたい」
「はは、さすが天才肌だなルーミア」
ルーミアの洞察力と直感力に、ユーリは思わず笑ってしまう。
そして、考える。
触手への対応は何とかなる。以前に放った毒霧のような攻撃も、ルーミアとエリシアの魔法で防御できる。そして懸案だったあの重力魔法もルーミアが対応を見つけた。
――これで太刀打ちできるかもしれない。そんな思いが込み上げたユーリは無意識のうちに剣を握り直した。
それを見たエリシアは、その気持ちに気付く。
「やるつもり?」
「ああ、まだ何かあるかもしれないけど……やれるだけやってみるか。今は退くに退けないし……」
真っ直ぐに破滅獣を見るユーリの視線に、エリシアが自信のようなものを感じ取った。
ルーミアもすぐそばにいる。
たった三人。
破滅獣を相手にするにはあまりにも少ない人数ではある。しかし今までも、生き残れないという状況をユーリとふたりで切り開いてきた。そんな自負がエリシアにもあった。
だから。
「うん。やれるかも」
エリシアもそんな気持ちになる。
そんなこちらの気持ちを見透かしたかのように。
「コォォォォアァアアアアアアア」
破滅獣が鳴き方を変える。
空気が一気に張り詰める。
「やばい!」
ユーリは一瞬で噴き上がるようにして沸いた殺気を感じとった。瞬間、体は勝手に動いている。
破滅獣の周囲に土塊が舞い上がり、無数の、鋭利な矢のような形状になった。それがエリシアたちをめがけ一斉に放たれる。
魔法だった。
「エリシア! ルーミア!」
伏せろ――という言葉すら間に合わない速度で矢は飛来し、
ドガッ!
「ぐっ!?」
数本の土塊の矢はエリシアたちを庇うように動いたユーリの体を貫いた。
「え……」
エリシアは目の前で起こったことが一瞬理解できなかった。
ユーリが自分にもたれかかるように倒れ込んで来る。
「こいつ……まだ……こんな……うっ……ぐっ……」
ユーリはかすれる声でそう言い、がくりと力なくエリシアへ被さるように倒れ込んだ。
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