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グレイトオブエネスギアー旧章ー第二話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第二話」

 □〇〇二

 ルーミアを、この基地の司令官であるエルマンは起立して部屋に迎え入れた。

「恐れ入ります。ご高名なるリファリーバ家のご息女をお招きでき、実に光栄の極みに損じます」

 ルーミアはため息が出そうになるのを堪えつつ、そんな言葉を聞かされた。
 ルーミア=アーク=リファリーバ。エネスギア人貴族の中でも高名な家名を関してはいるか、彼女はリファリーバ家三男が、人間との間の不義によって生まれた子。
 名前にこそ重みはあるものの、ルーミア自身の価値は低い。
 しかしこうして、高名な貴族の名を持つ者が部下にいる、という事実だけを欲しがるようなものには重宝されるのだ。

「当基地は最前線での任務が主になる場所。貴君のようなお方が配属されたと聞けば兵は奮い立つでしょう」

 ルーミアは思う。この段階でもう自分の役目は終わったのだと。次の役目は戦死することなのだと。
 一度「貴族の娘を部下にした」という事実があれば良く、あとは体よく戦死ということで死ねば良い。事実ルーミアに家督を受け継ぐ権利もなければ、純血のエネスギア人でもないために縁談もない。ただ「貴族の娘」という肩書きだけが、命よりも価値を持っているというだけなのだ。
 最前線の基地。配属された貴族の娘が兵を鼓舞し勇敢にも戦い、最前線でその身を投げ打って華々しくも悲しく散る――という物語りの材料にすぎないということを、ルーミア自身は理解していた。

「それでは恐縮ですが、ここよりはあなたも、ひとりの部下として扱わせていただくことをお許しください」
「もとよりそのつもりですエルマン大佐」
「お心遣いに感謝いたしますぞルーミア中尉。このたびに、正教会からの教会将校の配属とは兵の士気に大いに関わる英断。先の戦闘においても多くの兵が手柄を上げ士気も高い今、教会将校の赴任はまさに追い風というもの」

 とは言うが、ルーミアは思う。
 実際は真逆だ。先の戦闘で共和国側は大敗したの軍内部では誰もが知っている。そして自分がここに配属されたのは、自分の「処分」に困っていた教会が、ここぞばかりの口実として「士気高揚のため」という名目をくっつけ、死亡率の高いここに送り込んだのだと。

「まず、中尉には最も士気が低く、最も戦績の悪い部隊においてその性根をたたき直していただきます。その部隊は人間の女が隊長をしておりまして。よろしいですかな?」
「了解しました」

 それ以外に言葉はない。

「正式な通達は追って部屋に届けさせましょう。では、長旅の疲れをお取りください」
「失礼します――」

 部屋を出ると、ルーミアは溜め込んでいた息を一気に吐いた。
 今までも存在感のない人生を送ってきた。やっと表舞台が回ってきたのかと思えば、それは死への舞台。それも仕方ないとは思いつつも、亡き母に対して謝罪の言葉が浮かんできてしまった。

「ごめんなさいお母さん……子ども、残せそうにないかも」

 と。
 その時、ふとこちらへと向かってくる女性の姿が眼に入った。
 基地内では珍しい、人間の女性。さっと階級章を見ると少尉。少尉の女性はルーミアを見るなりすぐに敬礼し、足を止めた。

「どうぞ」
「はいっ、報告書提出のため、失礼いたします」
「ご苦労さまです」

 この子がエルマンの言っていた「人間の隊長」なのだろうかとルーミアは思った。
 すると案の定、彼女が入っていった扉の奥からはエルマンの怒鳴り声が聞こえてきた。

『なんだこの報告書は! 我々は撤退などしていない、ただ勝利を報告しろ!』

 やはりエネスギア人とはこういうものなのだと、ルーミアは思った。
 自分の父は貴族であり、軍の内部では高官という部類に入る。しかしながら、母親や自分に愛情を注ぐということはしなかった人物だ。
 混血という自分を認知し、育てたのはエネスギア人が重んじる友愛によるもの。

「見せかけばかり取り繕っても……」

 報告書の不備を言う怒声がやまぬ後ろを肩越しに見て、ルーミアは呟いた。
 そして建物の外に出たのは良いものの、もらった地図では自分の宿舎までの道のりが分かりづらかった。特に方向音痴でもなければ、地図を描いた者が故意に嫌がらせをしたわけでもない。単純に、誰かは知らないが描いた者が不器用だった。
 そのせいか、すっかりと道に迷ってしまっていた。大げさな門の向こう側は市街地。基地の外になってしまう。
 ルーミアが引き返そうとして入ったのは小道だった。そして。

「ん、おい、教会のっ」
「教会将校だ」

 五人ほどの男女がルーミアの出現に驚いたものの、ルーミアの容姿からすぐに混血だと気が付き、全員が下卑た笑みを浮かべた。

「どなた様かと思ったら、噂の半血将校様じゃありませんか」

 いくら階級があろうが、立場があろうが、この社会で重要なのはエネスギア人であるかどうか、ということだけだ。
 精神的、肉体的ないじめには慣れている、大丈夫だとルーミアは自分に言い聞かせるが、手には微かな震えがあった。