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グレイトオブエネスギアー旧章ー第六話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第六話」

  □〇〇六

 翌朝、エリシアはユーリを伴い、エルマンの部屋へと呼ばれていた。
 部屋にはルーミアもいて、彼女の配属が正式に通達される。そして。

「ヴァイツ隊、貴様らに任務である。心して聞くが良い」

 そう前置きされて与えられた任務は敵地奥深くにある農村の奪還であった。
 なぜ、敵地奥深くの農村を奪還する必要があるのか。そこをエルマンは次のように説明していた。

「我らエネスギア人が所有した領土は永遠に偉大なる我らが領土。いつまでも蛮族共の手に収めておくのは先祖に申し訳が立たぬ不名誉というもの」

 と。
 戦略的価値はなく、ただの名誉だ。
 補給も増援もままならない敵地の奥へと、ただ名誉のためだけに赴く。それが任務だった。

「今回はこちらの勇敢なる教会将校中尉も同行する。くれぐれも、人間らしい臆病な行動は慎むようにな。言わずとも知っていようが、教会将校には貴様らを処刑する権利があることを忘れるな」

 エルマンはそう釘を刺した。
 教会将校という存在が最も恐れられる一因がこの特権だ。教会将校には反教会的、反信仰的という理由で自分の階級以下の者を処刑する権利があった。加えて、上官であろうとも人間に対しては概ね無罪となる傾向がある。
 エルマンの言葉を聞いても、ルーミア本人はほとんど無表情のままだった。

「作戦の詳細はリファリーバ中尉より聞くように。下がってよし」

 ユーリ、エリシア、ルーミアの三人はエルマンの部屋から出た。
 やれやれとため息が出そうなユーリであったが、それは教会将校の手前、なんとか堪える。
 するとエリシアがさっそくルーミアに尋ねる。

「中尉、さっそくではありますが作戦の詳細をお願いします」
「どこか地図を広げられる場所は知ってる? ここは初めてで」
「それなら」

 と、ユーリはルーミアを連れて基地の本舎裏にあるベンチへと案内した。
 この場所はなぜベンチがあるのかもわからないくらいに人が通らない場所で、作戦室を使えない自分とエリシアが良く「会議」に使う場所だった。
 ベンチに座るなり、ルーミアは地図を広げる。そこにはすでにペンでいくつかの線と印が付けられていた。

「この基地を出て西側のルートを使う。危険を顧みず最短で行くのならこの赤い線。危険を回避して遠回りするのならこの青い線のルートが良いとわたしは判断したけど、どう?」

 両方のルートはどちらも彼女の言う通りのルートとなっていた。
 ユーリとエリシアの知る情報も反映されており、このルートを割り出したルーミアの努力が窺える。

「なるほど……」
「中尉、作戦の期限はいつまでなのですか?」
「特に聞いてないから、無期だと思う。ただ、補給や援軍が来ないから早めに行って戻らないといけないわね」

 酷い扱いに、思わずユーリは呟いてしまう。

「そこはいつもと同じか」
「ユーリ、教会将校殿の前よ。慎みなさい」
「りょ、了解」
「では中尉、わたしの提案としては最短になるこの赤いルートを採用したく思います。理由は短期決戦です。敵の包囲網を突破し、目的地奪還を行います。戦力に関しては現地の敵勢力を調査しつつ、都度の戦術を組み立てて行きます。この隊の、いつものやり方です」
「了承する。わたしのルートはあくまでも提案にすぎない」
「そういうことでしたら……」

 ユーリが手を挙げて言うと、それを見たルーミアはうんと頷いた。

「このルートの間、ここを通る第三のルートを提案したい。いや、します」
「普通に喋ってくれていいよユーリ=ファルシオン。作戦行動に入ったら上官にも敬語は使わないのでしょう? 敵は偉い人から狙うから、それがわからないように。階級章も外すって聞いてる」

 ユーリとエリシアは顔を見合わせた。
 この教会将校はふたりにとって良い意味で普通じゃない。
 少なくとも、エルマンや他のエネスギア人より何倍も信頼できる。ふたりはそう思ったので、頷き合い、ルーミアに言った。

「助かります。いや、助かる。じゃあ俺もエリシアもいつも通りに話させてもらうから、それで」
「よろしくルーミア」
「こちらこそ。それでユーリ、あなたの提案は?」
「うん。この中間、この小高くなっている丘を進むルートが良いかなって」
「丘の上? 目立たない?」
「上手く隠れながら進むんだよ。慎重に。時折下を見て、敵の勢力を調べていくんだ。上手く行けば敵の弱い所を突けるかもしれない。村にどれくらいの敵軍が進駐しているかわからないけど……村の南側の川から村に入って、情報収集も出来る。進駐軍が五〇から八〇くらいなら一気に攻め落とせばいいし、それ以上ならそれなりの作戦が必要になる。そのための情報収集も兼ねて、敢えてこの小高いルートを提案するよ……って、あれ?」

 ユーリの説明を、ルーミアはぽかんとした表情で聞いていた。

「あの、中尉……あ、いえ、ルーミア?」
「ごめんなさい。あなたに作戦立案の能力があるとは知らなくて。もらった資料に評価は最低とあったから」

 それを聞いたエリシアが笑う。

「ユーリは本番に弱くって。試験はいつも最下位よ」
「うっ……改まって言われるとちょっとな」

 苦笑いを見せたユーリに、エリシアも笑顔になった。のだが。

「ふふ、ごめんなさ……あ」

 不意に顔を真っ赤にさせてしまう。
 ルーミアはそれを見逃さない。

「どうしたのエリシア?」
「いえ、う、ううん、なんでも……」

 ユーリはこほんと咳払いをしたが、エリシアの赤面の理由には察しがついていた。
 おそらくは夕べのことを思い出したのだろう、と。

「ま、まぁ昨日は別人のように――」
「なーーーーに言い出してんのよユーリ!」

 エリシアの開いた手が、ユーリの口を塞ぐ。

「んむぐ」
「なんでもないから! なんでもないから、こっちの話を続けましょうルーミア」
「わたしはそっちの話が気になる。今回の作戦において極めて重要な要素を持っていると見た」
「持ってない持ってない。さぁユーリ、続きを説明して」

 と、話は無理矢理本筋へと戻され結局のところ作戦はユーリ案が採用されることとなった。

「作戦はいつもユーリが立ててるの?」
「そんなことはないよ。ふたりで考えることの方が多いかな」
「ふ~ん」

 ルーミアは頷きながら、エリシアへと流すように視線を向ける。

「ふたりで、ね」
「それは……すみません、隊長はわたしなのに」
「ううん。そういうことは問題ではないから。部下に優れた者がいるのなら、その部下の意見を採用するのも優秀な上官のすること。教本にそうあった」

 ユーリもエリシアも、このルーミアという人物が良くわからなくなってきた。
 今までのエネスギア人と違うことは確かなのだが、ここまで話がわかるというのは稀有すぎる。
 ふたりには何かの罠なのではないかという疑念すら浮かんでくるほどだった。
 そんなことなどは知らないルーミアは無表情で話を続ける。

「わたしが言いたいのは、そういうことじゃない。わたしは、もっとあなたたちのことが知りたい」

 ずいっと、ルーミアはエリシアに顔を近づける。

「え、ルーミア……?」
「あなたたちって、どんなことでも言えたりする間柄なの? 少し調べたけど、軍学校は同期だし、出身も同じだった。部隊も部屋も一緒。あなたたちって、どういう関係なの?」
「そ、それは……」

 どう答えようかと、ユーリはエリシアを見る。

『わたしね、ユーリが好きなの』

 そう切り出されてからその後、夜が更けるまで。
 何度もエリシアから「好き」と、どのくらい「好き」かを聞かされたのだが、ユーリからの気持ちを伝える機会には恵まれなかった。
 だから、ユーリは返答に迷いエリシアを見たのだが、そのエリシアは。

「そ、それはその……あの……う、うん」

 真っ赤になって俯いている。

「なるほど。わたしが思うに、既成事実のようなものはあるのだけどきちんと気持ちは通じたのかどうか、エリシアが一方的に何かを仕掛けたのだけど核心に至らない、という感じ?」
「ちょ、ちょっとそれは……!」
「違うの?」
「違わ……ない……かも」

 ユーリには無表情のルーミアの表情に、気持ち自信の色が見えた。

「一応の立場として、ふたりの関係を知りたかっただけ」

 ルーミアはジッとエリシアを見て、続ける。

「あなたたちの部隊がどんな酷い任務をこなしてきたのかは、記録を見させてもらった。どれも生還したのが信じられないものね」

 そう言われると、エリシアもユーリも返す言葉に困ってしまう。当然だ、とは言えない。

「今回の任務もそう。生還なんか到底不可能に思える。だけどあなたたち、絶望も悲観もしない。それはきっと……」

 言葉を句切り、ルーミアはエリシアとユーリを交互に見て、何か納得したように軽く頷く。

「日頃から、悔いのないようにやりたいことをしているからなのね。昨日みたいに」

 すると一瞬の間も置かずにエリシアが言う。

「そうじゃないから!」
「違うの?」
「そ、そっちは後悔の方が多いくらいで……って、それは違う。わ、わたしたちには叶えたい夢があるの。だから、そう簡単に死ぬわけにいかないっていうだけ」
「お、おう。何としても帰って来て、戦い抜いて、エリシアに出世してもらいたいんだ」
「出世したいの? それが夢?」
「夢のために出世……と言う方がいいかな。わたしたちの出身はすごい辺境だから……」
「いつも食料とか、物資が不足してる。まともな医者だっていない。出世して、それを改善してもらえるようにするんだ」
「わたしたち辺境の人間の声なんて中央には届かないし……人間は滅多なことじゃエネスギア人に意見なんて聞いてもらえないから――あ、ご、ごめんなさい」

 ルーミアも半分はエネスギア人。エリシアは慌てて謝罪したが、ルーミアは軽く首を振った。

「ううん。なるほどそういう事情があるのね。……難しいと思うけど」
「それは知ってる。だけどわたしはこうして隊長になれた。努力すれば、何でもできると思う。わたしも頑張るし、ユーリと力も知恵も合わせて、きっと勝ち取って見せるわ」
「うん。ついでに肌も合わせて?」
「だ、だからそれは……もう!」

 エリシアが頬を膨らますのを見て、ユーリはおかしくなってしまった。

「さて、ヴァイツ隊長さん。出立はいつに?」
「早めに行動します。準備が整い次第にここを出ましょう」

 エリシアの言葉にルーミアはこくんと小さく頷く。無茶な任務だというのに、彼女にも落ち着きが見えていた。

「わかった。じゃあそれまでに準備。西門集合で」
「はい」
「了解」
 ――と、ヴァイツ隊はルーミアの提案で旅支度を調えるため、しばしの解散となった。