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グレイトオブエネスギアー旧章ー第十九話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第十九話」

  【〇一九】

「俺にもまだツキが残っていたな、パルア」
「はい。まさかこのような崖下に続く道を見つけるとは、本当に幸運です」

 一度暮れた陽が間もなく上がるという頃。ガブリアスとパルアはチェロリダ村付近からギバ渓谷の下へと通じる道を見つけていた。
 その道は巧妙に隠されていた道なのだが、ガブリアスがほぼ直感で探し当てていた。
 急勾配の道を慎重に、ふたりはゆっくりと下る。

「総督が探し求めていたのはあの破滅獣なのだろうか」
「では、やはりあれは破滅獣だと?」
「いや、まだそう判断するのは早計というものか。だが我が見聞の中にあのような異形の存在はないからな」
「わたしも初めて目の当たりにしました。尋常ではない強さの個体と思われましたが、それ以外は不明ですね」
「万が一破滅獣であったとしても、我らゾディアスタス人の友軍というわけではないらしいからな」
「そうなのですか?」

 先行していたパルアが肩越しにガブリアスの方を振り返る。

「俺が知る限り、邪神ゾディア様もその絶大なる力により破滅獣を支配していたと言う。
それこそ、獣のように力をもって屈服、服従させていたのだろう」
「あのような獣を服従させるとは……さすがはゾディア様ですね……」
「うむ。あやつらが従うのはゾディア様のみなのだろう。しかしあやつを敵陣営に上手く誘導できれば相当な成果は期待できるな」

 ガブリアスが顎に手を当て、その方法の思案を始めた。
 すると、パルアがある異変に気が付く。

「ガブリアス様、何かが近づいてくる気配が」
「なに。あの獣か?」
「いえ、もっと小さな……ですが、複数です」
「敵意のようなものを感じるな……」

 ガブリアスは背中の大剣へと手を伸ばすと、パルアも手砕棍を構えた。
 視界の奥の暗闇で、何かが揺らぐように見える。直後、そこから何かが飛び出して来た。人ほどの大きさがあるが、それは俊敏にこちらを狙っている。

「くっ!?」
「ガブリアス様!」

 パルアの反応が早い。飛びかかってきた得体の知れない『何か』をすぐさま、手砕棍で叩き落としていた。
 叩き落としたのはあの異形の怪物の下半身を小型にした、幼虫のようなものだった。

「なんだこれは……あの異形、破滅獣の幼虫……か?」
「わ、わかりませんが、関連はありそうですね」

 言うパルアは構えを解かない。

「次も来ます。ガブリアス様はお下がりください」
「馬鹿を言え。このような化け物ごときに負ける俺か。破滅獣ごと我が力で屈服させてやろうではないか」
「ふふ、さすがですガブリアス様」
「来るぞ!」

 暗闇の中から数匹が、体の径と同じくらいある口を開き飛びかかってくる。大きさはかなりあり、人ひとり分ほどはある。
 それらをガブリアスは叩き斬り、パルアは叩き落とす。

「本体と比べれば雑魚のようなものだな!」
「ええ、まったくです」

 数分の間で襲って来た一〇匹ほどを沈黙させ、ふたりは武器を納めた。

「こいつらが斥候も兼ねているとすると……」
「はい、見つかったことになりますね」
「破滅獣とはつくづく厄介な相手だな。同時に、扱えれば心強い戦力ということか」
「それは同意しますが、いかがしましょう。このまま進軍を続けますか?」
「……ふむ。このままではあの破滅獣……らしきものの領域に入るのは確実。交戦する可能性は高い。だが『戦渦の三凶星』の状況も確認しておらんしな……」

 と、ガブリアスは判断に迷いを生じさせていた。

「パルアはどう思う……うん?」

 パルアを見ると、彼女はガブリアスの方を見てにこにことしていた。

「なにかおかしいことを聞いたか?」
「い、いえ。ガブリアス様はいつも、大した意見を言わぬわたしに意見を求めてくれるなと思いまして」
「人ひとりの思案などはたかが知れている。自分の以外の意見というのも大事な視点だと俺は思っているのだ。つまり、頼りにしているということだな」
「た、頼りに……わ、わたしを……! ガブリアス様が!」
「あ、ああ。でなければおまえをスカウトなどしないだろう」
「そ、それはつまり……!」

 わたしを生涯そばにおいてくれるということ。つまりは妻として迎えてくれるということ! パルアの脳内では妄想が加速する。

「何も戦闘だけが得意というわけではないからな、おまえは」

 戦闘だけではない……つまり私生活においてもガブリアス様は何かを期待されているということ! 料理は人並みにできるがその他は……ええい、そのようなもの、難があれば乗り越えるまでのこと! 後は……そうだ、ガブリアス様の夜のお相手……こ、こればかりは練習するわけにもいかないので知識を身につけるに留めているが、果たしてガブリアス様は満足していただけるかどうか……あぁ、その日が訪れるのが不安でもあり、待ち遠しくもあり……!
 パルアの妄想は止まらない。

「パ、パルアどうした? 顔が赤いぞ?」

 だが、ガブリアスの声でふと我に返る。

「す、すみません、大丈夫です」
「本当か? 前から気になっていたが、おまえは時々顔を赤くしているな。何か病気などではあるまいな?」
「そんな滅相もありません。健康が取り柄でありますから」
「うむ、ならば良いが。無理をさせるのも本意ではないからな。もし体調が好ましくないのなら素直に伝えるのだぞ」
「は、はいっ、ありがとうございます!」

 身を案じる言葉に、パルアは涙を流しそうになるも、そこは耐え抜いた。
 ガブリアスはゾディアスタス人の武人には珍しく部下にまで気を回す人物であった。ゾディアスタス人の間では、一般的に男子は粗暴である方が良いという美意識があるため、ガブリアスは容姿こそは良いものの、どこか変わり者と認識されている。
 女性の場合、ゾディアスタス人は気が強く反発的な性格の女性が良いとされる意識がある。パルアの場合、容姿は申し分なく美人に部類され、性格も物怖じすることない反発心がある――のだが、ガブリアスに対しては従順になってしまうため、周囲からは異色の組み合わせに見られている。
 どちらも実力はあるものの、それを発揮できていないのでは――というのが、ゾディアス帝国におけるふたりの評価であった。

「では先へ進むぞパルア」
「はい。引き続き慎重に行きましょう」

 ゾディアスタス人は夜目が利くため、明け方で薄暗い渓谷内も難なく進むことができる。
 とは言え、相手が未知であるために警戒は怠らない。
 ガブリアスは微妙な地面の震動を感じる。

「止まれパルア」
「ガブリアス様?」
「振動を感じた。やつかもしれない。身を隠すぞ」
「はい」

 ふたりは手近な岩場に身を隠す。

「パルア、もっとこちらへ寄れ。やつの視覚に入るぞ」
「し、失礼します」

 パルアは恥ずかしがりつつも、ガブリアスとくっつくかのように身を寄せる。
 振動は次第に大きくなり、闇の中ぼんやりと、黄土色の蠢くものが見え始めた。

「……やつだな」
「……気付かれたでしょうか?」
「いや、まだ気付かれてはいないだろう……」

 視覚でこちらを見つけるのか、音か、それとも匂いか……ガブリアスは相手の生態を推測する。

「…………」
「…………」

 ジッと息を潜めているのはゾディアスタス人の性分ではないのだが、型破りのこのふたりにはそれができた。

「コォォォォォォォォ……」

 異形の怪物は何かを探るように、あの鳴き声を上げる。

「何者なのだこいつは……」

 声を潜めガブリアスが独り言を漏らす。ガブリアスの知識の中にも、眼前の異形に該当するものが見当たらない。
 すると、異形の頭頂部にある人型がガブリアスたちの方を見るように向いた。

「ガブリアス様!」
「感付かれたか!」

 直後、身を隠していた岩が粉砕される。異形の体から伸びる触手による攻撃だった。

「奥へ走れパルア!」
「は、はい!? 奥へですか!?」

 それはつまり、この異形へと向かえということだった。

「そうだ! 空間の感じからして奥の方が開けているはず。狭い場所で戦ってはこちらが不利になるぞ。逃げるにしても、一度は引き離す必要がある!」
「わかりました! ガブリアス様の策とあらば!」

 ふたりは並ぶように、それぞれの武器を手に走った。

「図体の通り、本体はそう素早くはないようだな」
「そのための触手なのですね」
「ああ。破滅獣であると思いたいものだな。我らに危機感を募らせるのだからな」
「む、ガブリアス様、あそこは……!」

 走りながら、パルアは遠く渓谷の底部あたりに灯りがあることに気が付いた。それはさながら、集落の灯りのように見えた。

「なるほどな」

 ガブリアスは走りながらにやりと笑む。

「どういうわけかは知らぬが、我々はさらなる発見をしたようだ」
「と言いますと?」
「ギルギレイア人――聞いたことがあるだろう?」
「地底に住まうという、隠れた民……まさか?」
「可能性はあるぞ。この化け物もおそらくギルギレイアが関係しいるかもしれんな。パルア、あの光を目指すぞ」
「はいっ」
「しかし――」

 ガブリアスは肩越しに後ろを振り返る。
 するとそこには、あの異形がついてきている。いつの間にか、周囲にはあの幼虫のような取り巻きを従えて。

「こいつを破滅獣とした場合、ギルギレイア人が従える術を得たとは考え難いが……可能性は無ではないのだろうな。もしそうでないのだとしたら、逃走のための囮になってもらうしかあるまい。む、それともギルギレイア人が総督の求めるものか……」
「ガブリアス様?」
「ふふ、案ずるなパルア。どちらにせよ今回は得るものが多い。持ち帰るため、何としても生きて帰らねばならんな」
「はいっ、もちろんです」
「うむ。ではさらに急ぐぞ。あいつの取り巻きの細かいのは足が速い。追いつかれると面倒になる」

 ふたりはさらに速度を上げ、谷底の光――ギルギレイア人の住まう里へと向かう。