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グレイトオブエネスギアー旧章ー第十二話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第十二話」

  【〇一二】

 ユーリがひとり剣を振るっていること、エリシアはルーミアの強い希望で、一緒に一日ぶりのお湯に体を浸けていた。

「ふぅ~……作戦中とは思えないわね~」

 と、エリシアは思わず気の抜けた声を出してしまっていた。
 そんなエリシアを。

「…………」

 ルーミアは無言で見つめている。

「な、なにルーミア?」
「うーん……」
「って、ど、どこを見てるのよ」

 ルーミアの視線が自分の胸に注がれていたことを知り、エリシアは思わず両手で胸を隠すようにした。

「そのおっぱいでユーリを誘ってるの?」
「……すごいこと言うのね」
「実際はどうなの?」
「実際って……」

 ずいと詰め寄るルーミアに、エリシアはため息を漏らす。

「はぁ……そう簡単じゃないかな、って感じ……」
「ふむふむ。ではエリシアはユーリのことを好きなの?」
「それは……」
「教会将校としての命令です。エリシア=ヴァイツ、答えなさい」
「えっ、今ここで立場使うの?」
「使います。答えなさい」
「……隠してもしょうがないものね。はい、答えます。……うん、ユーリのことは、好き」
「おぉ~」

 答えると、ルーミアは目を丸くして驚いたような表情になる。

「ど、どうして驚くの?」
「感動したの。こんな話って初めてで、わくわくする」
「わくわくって……」

 そう言えばシャーラも良く似たような反応をする、他人の色恋沙汰は面白いのかもしれないと、今更ながらにエリシアは思った。

「いつから、どんなふうに、どれくらい、どこまで、どう好きなの?」

 溢れ出る好奇心そのままに、ルーミアの質問が止まらない。

「ちょ、ちょっと落ち着いてルーミア。あと、顔近いから」
「じゃあ、教えて。同じ村の出身なんでしょう? その頃から好きなの?」
「その頃って言われても……わたしとユーリが会ったのは、まだお互いが五歳とか、六歳くらいの頃よ?」
「聞かせて聞かせて」
「少し変な話になるけど、いいの?」
「うんうん、平気」

 それなら、と。エリシアは短く断りを入れて、話を始める。

「――わたしの家は村の村長を代々やっていてね。そこの娘に産まれたわたしは小さい頃から剣術とか、他にもいろいろと戦う方法を教えられたの。剣術も魔法も、銃も、わたしの村では武術って呼ばれて、とても大事にされているの」
「教会だと魔法が大事にされるけど、そんな感じに?」
「うん。たぶん同じ。それでね、これは自慢っぽいから嫌なんだけど、わたし、剣術の稽古をしている時、その時の先生を負かしちゃって。二人」

 エリシアは懐かしそうな顔をしつつ、お湯の中で腕を伸ばした。
 その腕を見ながら、ルーミアが言う。

「エリシア、強いから何かわかる。それで?」
「それで新しい先生が来るっていうことになってね。その先生が一緒に連れてきた子が居て、その子がユーリだったの」
「運命の出会いっぽい。ユーリはその先生の子なの?」
「ううん。ユーリの両親は……わからないの。先生が戦場で見つけた生き残りの子なんだって。それで各地を回りながら育てていてね。わたしのいた村で、わたしの先生をしながら長く居ることになったの」

 ルーミアはまったく警戒心のないエリシアの表情を初めて見ていた。
 エリシアの話には当然、その表情にもルーミアの興味がわいてきている。

「出会いはどんな感じだったの?」
「ふふ、変な出会いよ。剣の先生がね、特に何も教えてくれないの。毎日素振りと瞑想ばかりでね。わたしは退屈しちゃって、剣の稽古時間がいつの間にか嫌いになっていてね。そんな時、ユーリが庭を覗いていたの。それでわたし、ユーリに木剣を投げたの。あなた、あの先生と一緒にいるんだから強いんでしょう、わたしの相手をしなさい、って」
「ユーリはそれを受けたの?」
「うん。ユーリってば『俺は庭に入っちゃいけないから』って言ったけど、無理矢理に誘ってね」
「その時から、ユーリってふたつの剣を使った?」
「それがね、今でも思い出すと少し腹が立つんだけど、剣ひとつ同士でユーリと手合わせになったんだけど、強かったのよ、ユーリ。わたしの剣を全て弾いてね。それも弾くたびにわたしに隙ができるようになって。その時初めて、わたしはこの人は強い、って思ったの。お爺さまやお父さま以外で初めてだったから、驚いちゃってね……気が付いたら涙が出てて」

 肩にお湯をかけながら、エリシアは目を閉じてゆっくりと言う。

「――悔しかったのかもしれない。だけどね、そうしたらユーリが手を止めてね。『ごめんなさい、手加減してるのバレちゃったかな。俺、本当は剣はふたつを使うんだ』って。それを聞いて、わたし大声で泣いちゃって。たぶんそう、悔しくて」
「エリシア、可愛い」
「そ、そんなことはないから」
「それで、ユーリに負けて好きになったの?」
「どうだろう? その頃からね、剣の先生が一緒にユーリを連れてくるようになってね。わたしに足りないのは競争相手だから、このユーリを競争相手にしなさい、って。それである時、先生立ち会いでわたしとユーリが勝負をすることになったの。お互いに何をしても良い、って。それでわたし、魔法を使ったの」

 魔法と言う単語に、ルーミアは反応を示した。

「おぉ~。そうしたら?」
「あっさりユーリに勝っちゃって」
「そうなんだ。意外」
「魔法にびっくりしたみたいで。そうしたらユーリ、悔しかったみたいで目に涙を溜めててね……わたしが差し伸べた手に掴まりながら『実戦だったら俺はもう死んでるから』なんて。ふふ、まだ子どもなのにね。ユーリって魔法がからっきしでしょう?」
「そうなの? 初めて聞いたよ?」
「うん。魔法がほとんど使えないの。そのせいもあってか、あまり詳しくなくって。ユーリに唯一弱点があるとすればそこなの。だから、そこは良く注意してあげてくれると嬉しいかな」
「わかった」

 そうは答えたが、ルーミアにはひとつ感心があった。それは。

「弱点なんて……良く知ってるね?」

 弱点まで知っているということに、ルーミアは驚いていた。
 自分が生きてきた世界では、弱点は決して知られてはいけないことだからだ。

「む、無駄に付き合いが長いから」

 エリシアとユーリとの間には、長い時間があるのだということを、ルーミアは改めて知る。

「無駄じゃないよ。なんか、ずっと好きなんだね」
「ずっと……なのかも。初めて泣かされた時から、ずっとユーリのことを考えているのかも知れない」

 お湯に肩までを沈め、エリシアは少しだけ悲しそうな顔になった。

「わたしの村ってすごく貧乏でね。すぐに食料がなくなったりもしちゃうの。病院もないから、となりの村から医者に来てもらったりとかしないといけなくて」

 聞いたこともない、ルーミアにとってそれは知らない世界のことだった。

「それが嫌で、ユーリと一緒に軍に入ろうってことになったの」
「どうしてそれが軍なの?」
「軍で功績を挙げないと、エネスギア人はわたしたち人間の要望なんて聞いてくれないから……。わたしとユーリが軍で功績を挙げて出世して、自分たちの村と、同じような境遇の村を良くしようって。それがわたしとユーリの夢なんだ」
「……そうだったのね」
「話が逸れちゃったけど、うん、ユーリを好きだってちゃんと思ったのは軍学校に入ってからだと思う。同じ部隊になれるようにこっそりと手を回したのもわたしだし……」
「一緒に住むことになったのも?」
「そ、それは偶然! 本当は違う部屋だったんだけど、部屋が壊れてて使える部屋があの部屋しかなくて、たまたま本当に偶然。そ、それより……ルーミアはどうなの? ユーリのこと、気になってるんでしょう? わたしとか、嫌じゃないの?」
「ううん、嫌じゃないよ。ユーリのことは気になってるけど、エリシアとなら仲良くしていて欲しいし、その夢も叶えて欲しいって思ってるよ」
「ど、どうして……」
「どうしてだろう?」

 と、ルーミアは本当に不思議そうに首を傾げる。
 その反応がおかしくて、エリシアは思わず笑ってしまった。

「ふふ、なんかルーミアって不思議」
「そう?」
「うん。教会将校なのに偉そうにしないし。何だか、一緒なら楽しくやれそうって思ってる」
「それはわたしも。……わたしは人間にもエネスギア人にも変な扱いをされてきたから、あなたたちみたいな反応は初めてで」
「そうなの?」
「うん。だから……よろしくねエリシア」
「こちらこそルーミア」
「あ、でも」
「でも?」
「わたしも死ぬ前に気持ちいいことしてみたいって思ってる。相手はユーリがいいな、って」
「そ、それは……」

 あまりにも端的な物言いに、エリシアは言葉を詰まらせる。

「ど、どうしてユーリなの?」
「優しそう」

 ルーミアはほとんど間を置かずに答えた。

「わたしみたいな存在でも、気遣ってくれたし。そんなユーリならきっと、わたしにも良くしてくれそうだから」

 その言葉がルーミアの本音から出されているものと、エリシアはわかった。好きか嫌いかという感情ではなく、ルーミアは心からそう思っているだけなのだろう、と。

「エリシアは嫌?」
「え?」
「わたしとユーリが気持ちいいことするのって、嫌に思う?」
「そ、それは……」

 考えてみると、複雑な気持ちになった。ユーリを取られてしまうような喪失感と嫉妬は確かにあるが、こうまで真っ直ぐなルーミアの気持ちを無碍にしてしまうのも、気が引けてしまう。

「よく……わからないかもしれない」

 だからエリシアも、素直に答えた。

「ユーリが誰を選ぶかはわたしには決められないし、何を選ぶかはわからない」

 だけど、エリシアには何の根拠もないが、自信と呼ぶにはおぼつかない、予感のようなものがあった。

「でも、ユーリはわたしを悲しませるようなことは、しないと思ってるから」

 そう口にすると、ルーミアは驚いたように目を丸くする。

「……エリシア、すごい」
「そ、そうかな?」
「うん。そういう関係、憧れる。わたしもなりたい」
「ユーリと?」
「ううん。あなたたち二人と」
「それは……」

 ルーミアが憧れると言ったのは信頼関係のことだと、エリシアは考えた。
 それならばきっと、この先の戦渦を切り抜けていけば生まれるはずだとも。そのためにも生き延びねばならない。
 教会将校のルーミアの立場は生き延びれば良い自分たちよりもさらに厳しく、勝ち抜かねばならないものなのかもしれない。
 混血であるが故に、不当な扱いもある。努力が報われず、評価はされない。自分たちと何ら変わらない、不遇の者。

「ルーミア」

 ぽつりと、エリシアは自分たちと良く似た境遇の少女の名を呼んだ。

「なに?」

 エリシアは薄々と感じていたことがあった。この天才肌の教会将校は、自分たちと良く似ているのだということ。敗北や失敗が許されず、成功は評価されない。それでも絶望することなく、自分を哀れむことなく、前を向いている。

「ルーミアとなら、上手くやっていけそうな気がするわ」

 この先何が起こるかわからない。それでも、エリシアはそう思った。
 すると。

「うん、わたしも。こんな気持ちは、初めて」

 エリシアにも、いつも無表情なルーミアがどこか微笑んだように見えた。

「じゃあルーミア、もうお風呂を出て休んでおきましょうか。早く寝て、明日に備えないと」
「え、今度はエリシアがどんなふうにユーリを誘惑しているのか聞きたい」
「誘惑ってね……そんなことはそんなにしてないし……」

 などと話しつつ、二人は風呂場を後にするのだった。お互いの距離を縮めることができたと、お互いに思いながら。


 翌朝、ようやく日が昇り始めるという頃。教会を発つユーリたちを、ティアルが見送りに出て来ていた。

「お世話になりました」

 ユーリがお礼をすると、ティアルはにこにこと微笑む。

「いえ。大したおもてなしもできずに」
「とんでもありません。剣もいただけて、助かりました」
「前に使っていたものはこちらで預からせていただきますので」

 そう言い、支給品の剣はティアルが引き取ってくれたのだ。

「いろいろとありがとうございました」

 エリシアが丁重なお礼をすると、ティアルはすっと近づき、エリシアの両手を握る。

「シ、シスター?」
「エリシア=ヴァイツさん。この先どんな苦難があろうとも、信じる勇気を忘れないでください。あなたのその勇気はきっと、大いなる軌跡に繋がるはずですから」

 今までのティアルとは雰囲気が違い、どこか荘厳さを感じさせる言い方に、エリシアは一瞬戸惑ってしまった。
 しかし、当のティアルはすぐにいつもの笑顔へと戻る。

「教会将校様も、どうかお気を付けて」
「はい。一泊の慈愛に感謝を。この教会にマールセルフィリアの加護があらんことを」
「皆様にも、マールセルフィリアの加護のあらんことを」

 それを挨拶に、ユーリたちは再びチェロリダ村を目指し始めるのだった。