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グレイトオブエネスギアー旧章ー第十五話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第十五話」

  【〇一五】

 三匹目のゲパ族を斬り伏せた時、ユーリは背筋に殺気を感じ取った。
 何か強いやつがいる、と。

「エリシア! こっちも頼む! 何かやばいのが来る!」
「わかった、任せて!」

 銃に短剣を付けた状態、銃剣でエリシアは戦っている。銃床での打撃と短剣による打突、斬撃の組み合わせにより、エリシアは単身ながらに高い制圧力を発揮していた。
 そんなエリシアに声をかけ、ユーリが向かったのはルーミアのそば。
 ルーミアは詠唱に入るまでの精神統一をしている。さすがのルーミアでも乱戦の場での詠唱には時間を必要としている様子だった。
 ユーリはすると、混在するゲパ族とボルク族の間を駆けるゾディアスタス人の姿を見つけた。

「行かせるか!」
「来たか!」

 ユーリの剣を、パルアは手砕棍で難なく受け止める。
 パルアはすぐに手を引き、素早い横薙ぎでユーリを狙う――が、ユーリは背後に飛び退き手砕棍をかわす。

「貴様、デキる奴だな」
「そちらこそね」
「我が名はパルア=ドル=ガララム。貴様を殺す者の名だ」
「俺はユーリ=ファルシオン。名乗るなんて珍しいな」
「ガブリアス様は高貴なのだ!」

 言いながら、パルアが踏み込む。

「っ!」

 弾丸のような初速の速さにユーリは驚くも、体がほぼ自動的に反応する。
 手砕棍のような重量のある武器は速さが乗ってしまったら防ぐことは不可能。剣を破壊させる可能性がある。なので受け止めるのであれば、相手の攻撃の出を抑えるしかない。

 ガギン!

 硬質の金属同士が強くぶつかる音が戦場となったこの場に響いた。

「ぐっ」

 ユーリが押され気味になるほどに、パルアの力は強い。

「なかなかの速さだ。我が手砕棍を剣で抑え込んだのは貴様が初めてだぞ」
「それは光栄。俺も女の人相手にはこんなことしたくないんだけど――」
「むっ!?」

 と、ユーリはパルアの腹を蹴りつける。パルアの体は大きく弾き飛ばされたが、ユーリが得た感触は大木を蹴飛ばした時のような弾性のある感触だった。

「なんて体だよあの人……とても人を蹴ったように思えないぞ」
「ふふ、やってくれるな人間」

 ユーリの予想通りに、パルアへのダメージはない。それどころか、愉快げな笑みすら浮かべている。

「久しぶりに本気を出せるか、このわたしも!」

 パルアが手砕棍を握り直すのが見えた。
 その時。

「我(ディア)、契約に基づきて力の行使をここに宣言する(アステムス・ザン・クラーバリ・アルラード)――」

 ユーリの背後からはルーミアの詠唱が開始されるのが聞こえた。

「エネスギア人めが! 召喚などさせるか!」
「そのために俺がこうしてるんだっての!」

 力押しを試みるパルアに、ユーリは道を譲らない。

「防御に徹した剣士はそう容易くは崩せぬということか」
「そう思って諦めてくれると助かるんだけど」
「それはできん」
「残念だ」

 ユーリは剣を開くように構え、あらゆる攻めに対応できるように備える。
 自分の役目は召喚までの時間稼ぎ。パルアを倒すことではない、と。
 このままならばその目的は達成できる。そう思った時だった。

「どけ、パルア!」

 その声を共にパルアの後ろから人影が飛び出してきた。
 ガブリアスだ。

「くっ!」

 頭上から迫った大剣を、ユーリはふた振りの剣を使い受け止める。
 が、それは重い。

「パルアと互角に渡り合っていたな人間。名を聞こうではないか」
「ユーリ=ファルシオンだよ」
「ユーリか、貴公の名は覚えた! だが容赦はせぬぞ、パルア!」
「くそ!」

 ユーリの動きはガブリアスに抑えられている。そこへパルアが迫った。
 やられるか、とユーリが思った直後、銃声が響く。

「くっ! わたしを狙っただと!?」

 乱戦になっているエリシアがパルアを狙い発砲していた。その狙いは正確で、パルアの反応があと一瞬でも遅れていたならば眉間を撃ち抜いているところだった。

「なによ! あの距離で反応したの!?」

 パルアはエリシアの殺気に気付き、銃弾を手砕棍で防いでいた。

「エリシアと言ったか! この乱戦でここまで正確にパルアを捉えるとは……! パルア、この者たちがやはり……『戦渦の二凶星』だ!」
「ならばここで潰すまでのことです!」
「ユーリ!」

 パルアとユーリとの間にエリシアが割って入る。ユーリ同様、パルアの手砕棍に力が乗る前、横にした銃の本体でその攻撃を受け止めた。

「うぐ、つ、強い……!」
「やるな銃士……! この二人、確かに強い……さすがは『戦渦の二凶星』か!」
「なによ、その変な名前……! あなたたちこそ強いじゃない」
「ああ、今までやりあってきたやつらの中でも群を抜いて強い」

 ユーリとガブリアス、パルアとエリシアがそれぞれ対峙する。

「くっ、抜かったなパルア。さすがに押し通ることはできなかったか」
「ガブリアス様?」

 ガブリアスが剣の構えを解いた瞬間、その声が起こる。

「――我が魔力を以て契約を果たせ(ディア・マジェスティ・アステムシア)、紋章を通じ(ハール・レーン)――顕現せよ(ギア)! 重雷鳥(ライオーバルド)!」
「召喚!?」

 パルアが驚きの声を上げる中、ルーミアの召喚に応じて雷鳥が顕現した。

「ルーミア! 雑魚を一掃するんだ!」
「わかってる」

 ユーリの声にルーミアが応えるよりも早く、雷鳥が周辺にいたゲパ族やボルク族の蹂躙を開始する。
 雷撃で、翼で、爪で、嘴で。雷鳥は凄まじい制圧力を持って一気に形勢を逆転させた。
 それを目の当たりにし、ガブリアスは微かな焦りを感じつつも、愉しみに近い感覚を覚えていた。

「ははは」
「ガ、ガブリアス様?」
「パルア。凶星がひとつ増えたな。あのエネスギア人、紋章召喚を行ったぞ。この乱戦の中、この短期間で。なんということだ!」
「この場で始末しておかねば、必ずや我らの脅威となりましょう」
「ああ、その通りだ。行くぞパルア!」
「来るぞエリシア!」
「ええ! 始末するのはこっちの方だっての!」

 ルーミアの雷鳥が蹂躙を続ける中、ユーリたちがぶつかり合う。
 ガブリアスの武器は彼の身長ほどもある大剣だった。砕棍のような重量に加え、しっかりとした斬れ味も凶悪な武器である。だが、難点としてはその重量故、単調な攻撃になるということであった。

「我が大剣の錆になるが良いぞ、凶星!」
「それは御免願いたいな!」

 ユーリはふた振りの剣を交差させ、大剣の一撃を受け流す。と同時に体を反転させ攻撃に転じる。するとガブリアスも大剣を軸に体を捻らせ、ユーリの鋭い剣を交わして見せた。

「ふはははは! そう容易く俺を捉えられると思わないことだ!」
「くっ……動きに脈絡がないなこいつ……!」

 ユーリはガブリアスを技術修練の末に得た強さではなく、生まれながらにして持つ、本能的な強さを持つ相手と認識した。

「こういう相手が一番やっかいだ!」

 剣を引き、大剣が苦手とするであろう細かい打突を連続で繰り出すが、ガブリアスは大剣を巧みに動かし、盾のように扱ってユーリの打突を防ぎきる。
 ルーミアの召喚により形勢逆が起こっている中、ガブリアスは冷静に攻守を考えていた。
 ユーリの勢いを確実に削いできている。

「さぁ存分に戦うぞ剣士の凶星!」
「俺は存分に戦いたくはないな」
「そう言ってくれるな。戦場でここまでやり合える相手と会えることは僥倖というものだ! 散った我が部下の命のためにも俺はここで猛り、貴公を打ち倒すことで手向けとなろう!」
「なるほどな。けど、俺だってここでやられるわけにはいかないんでね」

 ――夢があるからな、と。ユーリは心の中で付け足し、次の攻撃を仕掛けるために踏み込んだ。
 その頃、エリシアとパルアも激しくぶつかっている。

「はぁっ!」

 エリシアの銃剣がパルアの首元を狙うが、彼女の手砕棍が当然のことのようにそれを防ぐ。しかしエリシアは防がれた銃剣を起点に銃を回転させるように、銃床でパルアの頭を狙う。

「うぐっ!?」

 奇妙な線を描くエリシアの攻撃にパルアは飛び退いて攻撃をかわすが、それはエリシアの狙い通りだった。距離が開いた瞬間、エリシアは引き金を引く。

「小賢しい真似を!」

 腰辺りを狙った銃撃を、パルアはまたもやかわして見せる。

「だからどうして避けられるのよ!?」
「銃口と貴様の腕の動きだ!」
「この化け物!」
「わたしから見たら貴様が化け物だ! 乱戦接近戦問わずに馬鹿のような精度で狙い撃つ化け物めが!」

 四人が激しくぶつかり合う中、役目を果たした雷鳥が消える。

「ふぅ……」

 若干の消耗を感じつつも、ルーミアはユーリたちの加勢に回ろうと魔導杖を構え直した。
 その瞬間。

「うん?」

 ルーミアは奇妙な、足下がぐらりと動くような感覚に気が付いた。
 そして。

 コォォォォォォォォォォォォォォォォン……。

 地下深くから、鐘を打ち鳴らしたような音がしたのをルーミアは聞いた。

「えっ?」

 気のせいかと思った。しかし、それは間をほぼ置かずにもう一度起こった。
 ユーリたちに知らせようと思った瞬間、それはルーミアの目の前で突然に起こる。
 ぼこっという音ともに地面から無数の触手のようなものが飛び出し、エリシアとパルアに一瞬で巻き付いた。

「きゃっ!? なによこれ!」
「こ、これも召喚か!?」
「動くなエリシア!」
「じっとしていろパルア!」

 ユーリもガブリアスもすぐに互いへの攻撃を止め、彼女らを触手から解放するために向かい、剣により素早く触手を断ち切る。

「ユーリといったな。俺に後ろから斬られるとは思わなかったのか?」
「あんたの方こそ、そう思わなかったのか?」
「お互い様ということだな」

 ふふと、ガブリアスは軽く笑う。
 そんな中、五人の立つ場には地鳴りのようなものが起こっていた。

「ユーリ、エリシア、何かおかしい」
「なんだこの地鳴りは」

 状況がおかしい――そう思っているのは両陣営ともに同じであった。
 そして、大きくなった地鳴りはそのまま地震となる。

「うぉっ」
「地震!? 大きい!」
「ガブリアス様!」
「落ち着けパルア!」
「ユーリ! あそこ!」

 ルーミアが指さした先には、奇妙なものが見えた。
 それは土気色をした人間のような形をしたもの。ゆらゆらと何かを誘うように動いている。しかしそれには両方の腕に肘から先がない。まるで土で作った人形のようなもの。
 人型をしてはいるが、遠目に見てもそれは不自然なほどに大きかった。忽然と現れて良いような大きさではない。人の三倍ほどはある。
 それが、村の中に忽然と現れていた。

「なんだあれ……」

 その土塊人形のような人物を中心に地震が起こっているようにユーリは感じられた。そして同時に強い殺気のようなものも感じる。
 エリシアもルーミアも、思わずユーリに身を寄せていた。

「貴公ら、何か隠し事をしているな。あれはなんだ」
「そんなのこっちが聞きたいわよ。あなたたちこそ、なんでこんなところに来たのよ?」
「それは言えん」
「何よそれ」
「貴様、ガブリアス様に無礼だぞ」

 そんな話をしていると土塊人形が宙に浮いたように見えた――が、それは違った。土塊人形の下半身は巨大な土蟲(ウォーム)となっていた。そこに姿を現したのは、あまりにも巨大な異形な怪物。

「な、なんだこれは!」

 ガブリアスも驚きの声を上げる中、エリシアは思わず後ずさり、ユーリの服を掴んだ。

「ね、ねぇこれって……」
「じょ、冗談……だよな……なんて大きさだよ……」
「コォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 金属を打ち鳴らしたような奇妙な鳴き声を上げる異形の巨躯。その声には殺気と呼べるような、聞く者を竦ませるに足る重圧感が込められていた。
 頭頂部らしき所に人型の突起を持ち、全身はあまりにも巨大な土蟲。このような種族を、ユーリたちは誰も見たこともなかった。