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グレイトオブエネスギアー旧章ー第十六話
小説旧版グレイトオブエネスギア「第十六話」

   【〇一六】

 ユーリたちも、ガブリアスたちも、その異形の巨躯に対してそれぞれに武器を構えた。

「おい帝国さん、こいつの正体を知ってるんじゃないのか?」

 ユーリが問うと、ガブリアスは異形の巨躯を見据えたまま首を振る。

「正体も何もないだろう。見たままの通りの正体不明だ。証拠に、俺とパルアにも敵意が向けられている。貴公らこそ本当に何も知らないのか?」
「知ってたらこんなにぴりぴりしないっての」
「そこにいるエネスギア人も知らないのか?」
「うん。初めて見るよ、こんなの」
「ふん。ならば――戦渦の三凶星との決着前にこいつから倒すまでのことだ!」

 と、大剣を振りかぶったガブリアスは異形の巨躯へ向かい走り出した。

「あ、待ってくださいガブリアス様!」

 そのすぐ後ろを、パルアが追いかけるようにして走り出した。
 すると異形の巨躯が頭頂部に持つ人型がガブリアスの方を向く。

「コォォォォォォッ!」

 奇妙な鳴き声と同時に、土蟲部の足下の地面がめくれ上がり、無数の触手がガブリアス目がけて走る。

「そのような攻撃では――むっ!? 避けろパルアっ!」
「なっ!?」

 触手を剣で薙ぎ払おうとしてガブリアスは突如、身を転がすようにして触手を回避した。
 直後、触手はさきほどのように巻き付く動きではなく、標的を叩き潰すかのような動きへと変化していた。
 触手が打ち付けられた地面は砕け、土が舞い上がる。

「硬さが変化したのか?」
「どういうことよこれ」

 遠目に見ていたユーリたちにもその変化は見て取ることができた。状況に応じ、触手を変質させたことになる。
 打ち付けられた触手はそのまま、地面を抉りつつユーリたちの方へと突進をしかけてくる。

「こっちに来る!」
「避けるしかない。ルーミア悪い」
「わっ」

 触手の動きが思いの外に早いため、ユーリはルーミアの脇腹を抱きかかえ、触手を回避する。

「コォォォォォォォッ!」

 直後、何度目かの咆哮が上げられると、それは今までのものとは少しばかり違っていた。

「ぐっ!?」

 体が急に重さを増したような感覚に襲われる。

「これ、魔力の放出……!」
「うぐ、体が……!」

 体の重さが徐々に増す。これはユーリたちの他、ガブリアスたちにも同じことが言えた。

「なんというやつだ……! この戦闘能力、ひとつふたつの部隊では太刀打ちできんぞ……!」
「ガブリアス様、これは一体……!」
「にわかに信じられぬが……総督が追い求めていたというのは……よもや……ぬっ!? パルアこちらへ来い!」
「ひゃっ!?」

 不意にガブリアスはパルアを抱き寄せる。

「ガ、ガガガガガブリアス様!? こんな時にこんな所で急にはわたしも……!」

 異形の巨躯の体にある無数の孔から、黄土色をした霧が噴き出す。すると村の木々がじゅううという音を立て一斉に枯れ、溶け落ち始める。
 その霧を、ガブリアスは咄嗟に展開させた魔法の防壁で防いでいた。

「毒霧だ。受ければ我々が朽ちていたぞパルア」

 ガブリアスの説明がまるで耳に入らないほど、パルアは間近で見るガブリアスに見とれていた。

「あぁ……ガブリアス様」
「む、どうした? しっかりとしろ」
「は、はい。大丈夫です。……しかしさすがは戦渦の三凶星、あちらもこの霧には気付いたようですね」
「ああ、同じように魔法で防いだか」

 エリシアは自分で、ユーリは抱えていたルーミアが防壁を張ってそれぞれにこの難を逃れていた。

「助かったよルーミア」
「どういたしまして」
「ユーリ、どうするのよこれ」
「逃げた方が良さそうだな。正体不明の敵がいたっていう報告をするしかない」
「そうね。いいかしら、ルーミア」
「うん、いいよ。背信的行為ではないわ」
「そうと決まれば――」

 早速撤退――そう思ったのだが、再度、異形の巨躯に変化が起こる。

「ゴァァァァァァァァァァアッ!!」

 地の底から突き上げるような叫びとともに、強い振動がユーリたちを遅う。

「うおっ」

 あまりの振動に、ユーリたちは立っていられず、地面に膝をついてしまう。

「なんだ、これ……」

 するとユーリたちの立っていた地面がぐらりと、ギバ渓谷側へと大きく傾いた。

「な、な……えぇっ、ちょ、ちょっと!」
「地面を割りやがったのか!」

 ユーリは地面が傾く中、ルーミアを再び抱きかかえつつ、エリシアへと手を伸ばした。エリシアも手を伸ばし、抱き込むようにユーリの手を掴む。

「わ、わわわっ、落ちる?」
「みんな俺に掴まれ!」
「ユーリ!」

 ルーミアもエリシアも、ユーリへとしがみつく。
 地面が垂直になり、渓谷へと落下を始める。
 そんな中でも、ユーリは異形の巨躯から目を離さずにいた。

「おまえは一体……!」

 砕けたチェロリダ村の一部もろとも、ユーリたちはギバ渓谷の底へと落ちて行った。
 すると異形の巨躯はひとつ事が終わったかのように敵意を消し、水に潜るように、地面の中へとその姿を潜らせていった。

「……去った……のか……」
「そのようです……」

 残されたガブリアスとパルアは立ち上がり、ユーリたちが落ちたあたりを見下ろした。
 ギバ渓谷は底が見えない程に深く、別名を『底なしの谷』と言われている。

「この渓谷に落下しては……いくらあの者たちでも……」
「助かりはしませんね」
「あぁ。……だが、これで終わったとは思いたくないものだな。我が剣と対等にやりあえたのだ。これで終わりではいささかつまらんと思わないかパルア」
「わ、わたしは別に……。ガブリアス様の脅威が取り除かれればそれに越したことはないと思っています」
「それも良い見方だなパルア。……よし、我々も下へ降りてみるとするか」
「しょ、正気ですか?」
「ああ。『戦渦の三凶星』がどうなったの確認もする必要がある。それにあの異形こそもしや……」
「もしや?」
「総督が求めていた『何か』である可能性があると思うのだ。あの異形、あの巨躯、そしてまだ片鱗しか見せていないであろう戦闘能力。あれこそ、まさに伝説に聞く存在……」
「ま、まさか!?」
「ああ。間違いない。あれこそが冥府(ネクロ)からの導かれた破滅の使者……破滅獣だ」


 ――全身が痛い。死んだか、あるいは死へと向かっている途中だろうとユーリは思った。
 うっすらと開ける目から入る視界はひどくぼけやけていて、平衡感覚もない。今自分が立っているのか、寝ているのかすらわからない。
 が、両脚の力がまったく入っていないことを思うと、どうやら倒れているらしいということはわかった。

「ぐっ……あっ……」

 ユーリがうめき声を漏らす。
 どのくらいの距離をどう落下したのかわからないが、まだ死んではないと思った。

「エリ……シア」

 視界の隅に倒れているエリシアが見える。そのすぐそばに、ルーミアの姿もあった。
 二人とも見た限りの外傷はない。

「無事……か……」

 声をかけようとするも、思うように声が出ない。
 起き上がろうとするも、思うように力が出ない。

「くっ――」

 それでも、ユーリは体に力をいれようとする。だがそうすると、全身に激痛が走る。
 数カ所、どこかの骨が折れているかもしれない痛みだった。

「うぅ」

 痛む左手を動かし、ユーリは剣を抜いた。師から受け継いだその石剣を杖のように使い、ユーリは無理矢理に体を起こす。

「まだ……まだこんなところで……」

 まだ生きているのなら、こんなところで終わるわけにはいかない。
 ほとんど気力だけで、ユーリは立て膝の状態にまでなる。

「ぐっ……右足と、右腕か……くそ」

 微かに動かしても激痛が走る。骨にダメージが出ているということがわかった。
 それに左足の感覚も鈍い。

「エリシア……ルーミア……」

 消え入りそうな声でふたりに呼びかけると、ふたりともうぅと小さなうめき声を上げた。

「よ、よし……生きてるな……は、はは……」

 ふとした安心から、ユーリは再びどさりと倒れてしまった。それでも、剣は手から話さない。

「た、立たないと……立て……立てよ俺の体……!」

 渾身の力を込め、ユーリは再び剣を杖に上体を起こした。
 すると、そのユーリに影が落ち、頭上から老いた男の声がした。

「ほぅ、この剣は珍しい……良く鍛えられた輝石剣を目にするとは。長生きはしてみるものじゃのう」
「なっ――」

 ユーリが顔を上げると、それは頭の長い、奇妙な顔をした種族が立っていた。

「酷い落石があったので来てみたら、輝石剣を持つ者に出くわすとは。これも何かの巡り合わせかのう」
「きせ……き……剣……?」
「ほぅ、腰の剣もこれまた珍しい。この世ならざる者の力を込めた業物か」
「この世ならざる……」

 ユーリは濃霧のかかったような思考の中、起こっていることを必死に理解しようとする。
 今目の前にいる存在は敵なのか、味方なのか。
 どちらにせよ立ってエリシアとルーミアを守れるのは今、自分しかない。

「ぐっ――」
「おぉ、その体で立ち上がるか。よろしい。それでこそそれらの剣を持つ者に相応しいというもの。剣を操るのは体でも力でもない。持つ者の勇気。まして石剣は持ち手の心を読むもの。さぁ、儂にもお主の勇気を見せておくれ」
「俺の……ゆ、勇気……」

 ユーリは剣を杖にしつつ、完全にふたつの足で立ち上がった。

「ほほぅ、本当に立ち上がるとはっ」
「俺はまだ――死ねない。こ、ここは……ど、どこ……だ……」
「ここはギバ渓谷の底じゃよ。人間の若者よ。そして、儂らの領域の入り口でもあり、破滅の化身の通り道。ここにいてはすぐにやつのエサになるぞ」

 とにかく、ここが危険なことはわかった。
 ならば移動しなければならない。
 ユーリはふらつく体でエリシアとルーミアを見る。
 ふたりを担いででも、引きずってでも移動しなければ。

「移動……しないと……」
「お主の仲間か。……どうやら帝国の人間ではないようじゃのう。ほっ、少女のひとりはエネスギア人とはこれも驚いた」
「あ、あなたは……」

 ユーリはそこで老人の方を向く。

「あなたは……い、いったい……」
「儂か。儂は……この地底に住まう者じゃよ」
「地底に住まう……」

 そういえば、とユーリは思い出した。
 エネスギア人とゾディアスタス人、そしてもうひとつの種族がいるということを。

「……ギ、ギルギレイア……ぐっ」

 その単語を言い切ったところで、ユーリは再びどさりと倒れてしまった。
 気を失ったユーリを見下ろし、ギルギレイア人の老人はほぅと息をもらした。

「……この高さを落ちて来て立ち上がるとは……。エネスギア人の言葉を借りればマールセルフィリアの加護とやらに他あるまい。それにこの者の持つ輝石剣……。これも何かの縁であろう……」

 老人はそう独り言を呟くと、狭く見える空を見上げた。