【〇一四】
「地面に奇妙な痕跡?」
「ああ。内側から掘り返されたようなのが点在してるだけで、村人も帝国兵も中にはいなかったよ」
ユーリと合流し、報告を受けたエリシアはうーんと腕を組んで考え込んでいた。
「どうもすっきりしない」
「ああ。放棄されたという感じでもないしな」
「何か、こういうことの前例はないの?」
問うルーミアも、ユーリもエリシアも首を振る。
「第三勢力の介入、っていうのは?」
「ないだろう。あればあの教会で何らかの情報が得られているはず」
「それもそうよね。じゃあ、現状は目的地確保ということにして――ん?」
エリシアは言葉の途中、近くの気配に気が付いた。ほぼ同時に、ユーリもそれに気が付く。
「エリシア!」
振り返ると、そこにはゲパ族の姿が見えた。
「帝国兵だ! 罠か!?」
――が、相手の様子もおかしい。待ち伏せをしたという様子ではなく、こちらの存在に驚いているように見えた。
ゲパ族の一匹が離れていく中、二匹のゲパ族と、背後からボルク族が立ちはだかるように現れた。ボルク族は人間よりも大型の種族で、知能こそ高くはないがその力は人間よりも遙かに強い。
ユーリが剣を抜き放つと同時、パァンという銃声が起こりゲパ族のひとりが倒れる。
エリシアが撃った。すでに一匹が仲間を呼びに走っているため、現状は敵に気付かれないことよりも目の前の戦力を減らすことを優先した方が良いと判断したため、エリシアは撃ったのだ。
相手は怯むことなくこちらへと突進してくる。
「ルーミアは下がって、援護をお願い」
「わかった」
偶発的な戦闘ではあるが、ルーミアは動じることなく魔導杖を構えた。
戦端を切ったのはユーリだった。向かってきた、大ぶりの剣を持つゲパ族の一匹をその剣もろともに一閃する。
驚いたのはユーリ自身だった。
「この剣、なんて斬れ味だ……」
右手に持ち、今まさにゲパ族を両断したのは教会で受け取った剣ティリシュベルト。その斬れ味はユーリの予想を軽く凌駕するものとなっていた。
「ユーリ!」
感心している場合ではないとエリシアからの檄が飛ぶ。そして、そんなエリシアのもとには巨大な棍棒を振り上げたボルク族の一匹が向かっていた。棍棒の一撃は単純であるが破壊力は大きく、剣で受け止めることは不可能。
乱雑に振り回すような真横からの棍棒を、エリシアは事前にわかっていたような動作で飛び退くと、素早く銃を構えて一発を放つ。
それはボルク族の首を貫通する。
「グガッ!」
人間、あるいはそれに近い体格の種族ならば致命傷になり、さらには体を倒す威力の弾丸も、巨躯を持つボルク族となるとそうはいかない。怯むことなく棍棒を構え、エリシアへと襲いかかる。
「こいつ!」
エリシアはこの部隊の練度の高さを感じた。知能の低いと言われるボルク族が自らの判断で銃を持つ自分に向かってきたとは考えられない。ならばこれは訓練か、事前の打ち合わせによるもの。だとするとこの部隊は相当に戦い慣れている可能性がある。
エリシアは銃を背中へと背負うと剣を抜く。棍棒の横薙ぎはダメージを受けたぶん、さらに乱雑になっており、簡単にかわすことができた。そこへ――。
「やぁっ!」
エリシアがボルク族の脇腹、腰に近いあたりに突き込まれる。
ガツっという骨への手応え。同時にボルク族はがたりと地面に膝を落としたので、その隙を狙い首に剣を突き刺し致命傷を与える。
仕留めたとエリシアが思った時、絶命したと思われたボルク族は腕だけを動かし棍棒を振り上げる。
「うそっ!」
ここまでの生命力があったのはエリシアも誤算だった。
棍棒は自然落下の要領でエリシアを捉え、頭上から襲いかかる――が、それはエリシアを捉える前に弾け飛んだ。
「ルーミア!?」
ルーミアの放った雷撃の魔法が、その棍棒を弾き飛ばしてくれていた。
「借りができたわね」
安堵と同時に、エリシアはルーミアの魔法の精度にも驚いた。距離もそれなりにある上に、棍棒を確実に射貫いていた。威力の調整と狙いの正確さから、ルーミアの魔法はかなりの領域だと、エリシアは思った。
そんなエリシアに、ルーミアはいつものように表情を変えずに言う。
「たまにユーリを貸してくれればそれでいいかな」
「あはは、後で交渉ね、それは」
状況判断力もある。ただの肩書きだけの教会将校ではないと、エリシアは確信を得ていた。ルーミアは実戦でもきちんと頼りになるのだと。
ユーリの方を見る。
するとユーリも最後のゲパ族を難なくと屠ったところだった。新しい剣も調子が良いらしく見える。
残るは一匹のボルク族を残すのみとなっている。
ユーリたちが取り囲むように間合いを詰めると、そのボルク族はなぜかにやりという不適な笑みを浮かべた。
「なんだこいつ?」
「ユーリ、周囲」
ユーリがふと気付くと、周囲には多数のゲパ族とボルク族が現れていた。
「なっ……援軍が来やがったのか……」
「戦い慣れていると思っていたところよ。やってくれるわ」
エリシアは腰の裏から取り出した短剣を銃に装着している。
ユーリたちの背後はギバ渓谷。眼前は敵と、完全に退路は塞がれている。
「突破するしかないな」
ユーリも剣を握り直し、エリシアへと静かに体を寄せる。
「何か策があるの?」
「ルーミアの召喚に頼らせてもらおう。詠唱の時間は俺とエリシアで。頼めるかな、ルーミア」
「任せて」
そんな話をしている中、周囲を囲っていた中から二人の人影が現れた。
「ふむ、貴公らに問おう。ここで何をしていたのかな?」
「……ゾディアスタス人?」
現れたのは頭部に角を持つゾディアスタス人。大きい剣を背負い、それなりの身分を感じさせる全身鎧に身を包み、マントをなびかせている。
傍らに立つ女性も同じくゾディアスタス人で、ユーリとエリシアはその見た目から精強さをすぐに感じ取った。男の方がこの部隊の指揮官で、女の方が副官だということも。
「我が名は誇り高きゾディアス帝国の武人、ガブリアス=ゾラシアン。貴公らは敵対する共和国の軍人であり人間と見受けるが」
「…………は?」
「…………え?」
「……?」
ユーリとエリシアは驚き、ルーミアはその反応に首を傾げた。
ユーリたちの知る限りにおいて、このような口上を述べるゾディアスタス人は初めてのことであったからだ。
「何を言ってるのこの人?」
「本当にゾディアスタス人か?」
「ふん。俺はゾディアスタス人の武人として振る舞っている。繰り返すが貴公らの目的を問いたい。なぜ、我らが支配下であるチェロリダ村へとやってきたのだ?」
「……わたしは共和国軍所属のエリシア=ヴァイツ。我が部隊がこの村へとやって来たのはこの村を奪還するためよ」
「三人の部隊でか」
「そうよ」
エリシアがきっぱりと力強く答えると、周囲を取り囲んでいたゲパ族の連中がどっと笑い声を上げた。
「げひゃひゃひゃ! 三人で部隊だとよ!」
「しかも村を奪還にときたぜ!」
「こいつら人間でもバカだぜ! 数を数えられねぇんだ!」
「ぐひゃひゃひゃ!」
そんなゲパ族たちを。
「笑うな!」
ガブリアスが一喝する。
「笑うな。少数で挑んできたということはそれだけで十分と判断したからのことだ。相手を過小評価するものは容易く死ぬことになるぞ」
ユーリは内心で思った。
本当はただの厄介払い任務だから三人で放り込まれただけなのだ、と。
しかしガブリアスたちはその事実を知らない。
「エリシア=ヴァイツと名乗った者よ。貴公らの任務が村の奪還であるのならば我らはそれを拒むのが道理。大人しく我らが捕虜となるのであれば命までは奪わぬが、投降の意思を問おう」
それを聞いたルーミアがつぶやくように言う。
「捕虜になったらどうなるの?」
「考えたくもないな」
と、ユーリ。
「さぁ。少なくとも、死んだ方が何倍もマシ、っていうことくらいかな。特にわたしたち女の子はね」
「察しがついたわ。さすがにわたしもそういうことされる趣味はないかな」
「なら決まりだ」
「帝国の武人ガブリアス、わたしたちに投降の意思はないわ。逆に問わせてもらう。あなたたちこそ、この場でわたしたちを通し、この村を返すのならば命までは取らない。あなたたちにその意思はあるかしら? なければ我らが銃と剣と魔導の前に血を流し命を散らすことになるわ」
その言葉を聞いたガブリアスは内心からぞくりとしたものが込み上げ、それは口元に笑みとなって出た。
「聞いたかパルア」
「はい。なんと気丈な少女でしょう」
「ただ気丈なだけではないぞ。無謀であろう。こちらは十倍以上の兵力があり、地の利もある。正気の者であればまず勝てないとわかる戦だ。だがあの少女は言ったぞ。投降の意思はないと。剣と銃と魔導で我らに血を流させ、命を散らせると」
「ええ。それが……?」
「こやつらはただ者ではない、本当に『戦渦の二凶星』かもしれん」
するとガブリアスは一度息を深く吸い、今まで一番大きい声で言った。
「エリシア=ヴァイツ! では貴公ら共和国軍人の気概、見せてもらうとしよう! 全部隊、攻撃を開始! 敵を殲滅せよ!」
「来るわよユーリ、ルーミア!」
「作戦通りに行くぞ!」
「わかった!」
ユーリとエリシアが前に出て、ルーミアが後方へと下がる。
その布陣を見るなり、パルアは腰に吊していたふたつの手砕棍(ハンドメイス)へと手を伸ばした。
「ガブリアス様、あの者」
「うむ。ハーフのようではあるがエネスギア人だな。あの布陣は召喚の時間稼ぎ。召喚などさせてなるものか、だな」
「わたしにお任せを」
「ああ、頼んだぞパルア」
「はっ!」
ふたつの手砕棍を持ち、パルアが地面を蹴って飛び出して行った。
そのパルアの後ろ姿を見つつ、ガブリアスはつぶやいた。
「さて、どのような実力か……お手並み拝見といこう」
と。
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