□〇〇四
「…………」
正座するユーリの前には、同じように正座をしている教会将校、ルーミアがいた。
ユーリはとりあえずエリシアを寝室――二段ベッドの下段。下段は普段、ユーリが使っている――に寝かせてきた。
ユーリは急いでズボンだけを履き、ルーミアに事情を説明すると、彼女は「わかった」とつぶやいて着席を促し、自らを「ルーミア=アーク=リファリーバ」と名乗り、教会将校中尉であることを告げた。
……これはやばい。
ユーリの内心はその言葉で埋め尽くされていた。
「それで」
「は、はいっ」
思わずユーリの声がうわずる。
「終わったの?」
「……はい?」
何を聞かれているのか、ユーリには理解できなかった。
「あの子とすることは、終わったの?」
「はっ!?」
「ふたりとも裸だったし、違うの?」
「い、いえ、だからそれは、その、俺の、いえ、自分の入浴中にエリシアが、あ、ヴァイツ少尉が入ってきましてその――」
ルーミアは、自分に対してしどろもどろになっているユーリを見て、もやもやと心の奥底からかつてない感情がわき上がってきていた。
そして、思い切ってそれを感情のまま、言葉に出してみる。
「お黙りなさい」
「はいっ」
するとユーリはピッと姿勢を正し、黙ったのだ。
ルーミアはぞくりとした。
今まで虐げられることや、皮肉を言われる立場だったのだが、このようなことは初めてだった。
ルーミアは続ける。
「わたしは本日から、あなたの部隊に配属された教会将校です。指揮系統は今まで通りヴァイツ少尉のものですが、判断の権限はわたしが持ちます。あなた方をどう生かすか、どう殺すかを決めるのがわたしです。理解していますか?」
教科書通りの言葉をルーミアは並べる。こんな高圧的なことを口にしたのは初めてのことで、ルーミアは腿が震えるような興奮を覚えていた。
「はい。理解しています」
ユーリも返事の通りに理解していた。教会将校の決定権は強く、軍はそもそもにして教会の所有物なので、その教会から直接派遣された教会将校には絶対の権限があると言っても良いのだ。どんな理不尽なことでも、命令とあれば聞くしかない。
ゆえに、教会将校とは恐ろしい存在であった。特に、人間からしてエネスギア人の教会将校は最悪の存在であり、どんな敵にも匹敵すると言われている。
「それでは」
ジッと、ルーミアの眼が自分の体を見る。
ふしだらなことをしていた誤解を受け、これからどんな理由をつけ、どんな処罰を与えようか品定めしているのかと思うと、ユーリは額に汗が浮かぶのを感じた。
が――実際は違っていた。
ルーミアは目の前にいる半裸のユーリに目が釘付けになっているだけであった。
話と教育では聞いていたが、男子の体とはこうも逞しいものなのかと驚きつつ、観察ししていたのだった。
この体に組み敷かれることを思うと、ルーミアは不思議と体の奥がじわっと熱くなった。
だから――。
どうせここに来た以上、長生きはできないのだから。
「ユーリ=ファルシオン。あの子としていることを、わたしにもしなさい」
「…………は?」
ユーリの思考は止まった。
一体今、なんと言われたのか。
会った時から表情に乏しいルーミアではあるが、その表情に籠もった熱のようなものをユーリは感じ取った。
だから、思わず聞き返してしまう。
「何を……しろと?」
問いに、ルーミアはずいと顔を近づけてきた。
「あの子にしていたことです。もしくは、しようとしていたこと、普段からしていることです」
「そ、それって……」
ルーミアが言わんとしていることは、なんとなく察しがついた。ユーリはそこまでの朴念仁ではない。
なので、とぼけることに決めた。
「ヴァ、ヴァイツの方が上官ですので、自分が何かをするということはあまりなくて……」
「そうじゃなくて」
ずいと、さらにルーミアが顔を近づける。息がかかるほどに。
「じゃあ命令する」
がしっと、ルーミアの手がユーリの手を掴んだ。
ルーミアはかつてない興奮を覚えていた。
中尉という立場でありながら、命令などは一度もしたことがない。そして、初めての命令を自分のために使えるという、未知の快感が彼女の中に起こり始めていた。
そしてその願望もまた、そのまま言葉になって彼女の口から零れる。
「わたしを気持ち良くさせなさい」
言いつつ、掴んだ手を胸に押し当てた。
「なっ」
世の男子の劣情を煽るのはそう難しくないと、ルーミアの知識にはあった。教会将校の制服の露出が少ないのは、そのためであることも知っていた。
なので、感触に訴えることにしたのだ。
が――。
「と、突然なにを中尉殿……こ、困ります」
「…………え? こ、困るの?」
それはルーミアにとって予想外の反応だった。触らせさえすれば、ことはおおよそ自動的に進むかと思っていたからだった。
ユーリの困惑もいよいよ極まってきている。上官とは言え、あどけなさの残る可愛らしい顔を眼前まで近づけられているし、手は胸に押し当てられている。エリシアほどの質量は感じないまでも十分な柔らかさがあり、必死に感覚を得ないようにはしているが、無駄な抵抗。さらにはルーミア本人は無意識なのだろうが、迫るあまり正座しているユーリの膝上に座っているのだ。そこから感じられるお尻の感触も柔らかく、温かい。
「こ、困りすぎます……」
「わたしとすることに何の問題がある?」
「あ、ありすぎですっ。貴官は自分の上官でありますし、その……」
「わたしが上官なら、言われた通りにすればいい。それに、誰でも良いと言うわけではない」
面倒な連中に絡まれているところを助けてくれた人間であり、自分を見下したり、バカにしたりしない。ルーミアはこのユーリのような人物に出会ったのは初めてだった。
どうせ長く生きられない。死ぬ前にせめて、母親には子を成して血を絶やさぬようにと言われたが、そこは諦めた。だからせめて、気持ち良いとされる子作りは経験しておきたいと思っていた。
その相手として、ユーリは打って付けとなっている。
そこまで考え、ルーミアはふとある考えに至った。
「あっ、そうか」
「は、はい?」
「もしかして、わたしでは何か不満がある?」
「い、いえそういう話ではなくて……」
「では、どうして?」
あまり顔を近づけられたので、ユーリは思わず後ろへと倒れ込んでしまった。
ルーミアはそんなユーリの腰に跨がる格好で乗っている。
「どうしてって……め、命令でするようなことでは……」
「上官の命令は絶対でしょう? それに、あなたに助けられてから、あなたが気になっていたもの。嫌いではないし、触れられても嫌じゃない。だから大丈夫、なんの問題もないから」
ダメだ。この人に話は通じない――ユーリはそう思った。それに良く見れば、エネスギア人の特徴である切れ長の耳が短いことに気が付いた。そして肌が驚くほどに白い。
「気が付いた?」
「な、なにを……」
「わたし、エネスギア人じゃないよ。ハーフ」
そう言ったルーミアは体を起こし、ユーリから顔を離した。
「え?」
するとルーミアはどこか諦めたような口調で話を始めた。
「純血ではないエネスギア人なんて、人間と同じように扱われる。貴族の家柄だけど、わたしはやっかい者だから。体よく戦死させるためにここに配属された。……だから死ぬ前にせめて、気持ちいいことがしたかったの」
無感情に淡々と言うルーミアではあったが、ユーリには強い覚悟のようなものが感じられた。彼女は戦場に出たら死ぬということを理解している。これは人間たちなら誰もが持っている、共感できる価値観だった。
ユーリが知る限り、エネスギア人にはその覚悟がないのだ。根拠なく、自分たちエネスギア人は死なないと思っている。
「どう? これで、あなたもわたしを軽蔑するでしょう?」
ユーリは即答する。
「……しません」
ユーリは体を起こす。
「え?」
純血を尊ぶエネスギア人社会において、例外とも言える彼女がどのような扱いを受けてきたのは想像がついた。
出先で出会った時のように、階級も立場も関係なく、嫌がらせを受けてきたのだろう。あの場で自分がとった行動は間違いではなかったとユーリは思った。
「軽蔑なんてしません。あなたはきちんと覚悟を持ってここに来た。戦う気持ちだってある。高見の連中とは違う。俺たちと同じです」
どきりと、ルーミアは心臓が一度止まり、大きく動くのを感じた。
「ユーリ=ファルシオン……」
ルーミアは高まる衝動を抑えきれず、ユーリに抱きついた。
「うぉっ」
そして思いのまま、何を考えることもなく言葉を口にする。それは生まれて、初めてのこと。
「あなたが好きですユーリ=ファルシオン」
「な、なにをっ――」
「わたしに触れて。触れなさい」
再度、ユーリの手が法衣の上からルーミアの胸へと持って行かれる。
そして――。
「あなたも死ぬんでしょう?」
そう言いながら、ルーミアの唇はユーリの首にあてがわれた。
「死ぬ前に、あなたも気持ち良くなりたいって思ったことはないの?」
「そ、それは……」
「何度も生還してる部隊って聞いた。だから次も大丈夫だって思ってるの?」
「そうは思って、いないです」
「じゃあ、今日が、今が最後かもしれない。次の瞬間に命令が来て、ふたりとも死ぬ任務に行くことになるかもしれない」
「それはいつも思ってます」
「それなら――」
「――くっ!」
あまりにも刺激的な状況に、ユーリは片腕でルーミアを抱きしめた。
「んふぁっ!?」
ルーミアが感じたのは、体の奥底で何かが弾けるような感覚。それは火薬に火がついたのように一気に燃え広がり、爆ぜる。
「ふぁっ」
膨れあがる衝動のままにルーミアはユーリに抱きつき、体を擦りつける。唇と舌が何かを求め、ユーリの首筋を吸っていた。
「中尉、殿っ……!」
ユーリは動かずに固まっているのだが、彼女が体を擦りつけるせいで胸を揉むようになってしまっていた。
大きさこそ控えめなものの、法衣の上からでも本当に柔らかさ、はっきりとした形までもがわかってしまう。
ルーミアは首筋を吸いながら言う。
「直接触って」
「でもそれじゃ――」
「命令、触りなさい。触って、早く、命令」
至近距離で熱のこもった吐息を感じ、命令という単語も相まって、ユーリはルーミアの言葉に従い、法衣の中へ手を入れようとした。
その時だった。
「うぅ~……なにか変な物を見たような~……」
ふらふらとした足取りのエリシアが眼を擦りながら、ユーリとルーミアのいる部屋へやってきた。
「あ、ユーリ、帰ってたの………………ね?」
「お、おうエリシア」
「おはようございます、ヴァイツ隊長さん」
「…………え?」
ユーリを押し倒している見慣れぬ教会将校。しかも、エリシアの目から見たユーリとエリシアの光景はどうみても男女の……であった。
思考は完全に停止し、エリシアは再び。
「ふぁぁっ…………」
意識を失い倒れてしまいそうになった。
「エリシア!」
「あら……」
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